今年最初の一冊は、本年度のエロミス興隆を期待して(爆)、未だ感想をあげていなかった戸川昌子女王の傑作長編『赤い暈』を取り上げてみようと思います。ジャケ帯には「美貌の水泳選手が陥ちた甘い罠」とあるものの、罠に陥ちるのは、このボーイッシュな水泳選手の娘っ子ではなく、彼女に関わることになる医師夫婦の方。で、この医師夫婦というのがふるっていて、妻は同性愛者で旦那は世界的な秘密クラブの会員でもあるエロの求道者という設定ながら、前半ではほとんどこの夫婦同士の会話やシーンがないという破天荒な展開から、夫婦が巻き込まれることになる陰謀劇へと展開していくムチャクチャぶりが素晴らしい。
ボーイッシュで、ペチャパイで、ショートカットのキリッとした美人という水泳選手の娘っ子(自分は光宗薫に脳内変換)だという彼女が、女じゃないかも知れないという疑惑を払拭するためセックス・チェックを受けることになる、――という物語の端緒からして完全に普通の小説の骨法から逸脱しているわけですが、ここに医師夫婦の旦那も会員であるという秘密クラブや、妻の方が巻き込まれることになる怪しげな新興宗教をバックにつけた病院組織も絡めて、極上の百合エロのスパイスを過剰にブチ込んだ闇鍋ふうの風格は戸川ワールドならではの無茶ぶりながら、謎の組織やその陰謀の真相などは『透明女』に比較すると、よりリアルでこちら側の住人にも親しみやすいものになっています。
むしろ、謎の解明を推進力とするミステリのストイックな側面を排除して、着地点を予想させないままエロっぽいシーンの連なりを愉しむといった結構は、ミステリというよりはむしろポルノ小説に近く、幻覚剤を投入されて光宗薫っぽいボーイッシュ美人が夢見状態でエロっぽく悶えるシーンや、女へと改造された絶世のスラヴ系美女としっぽり戯れる描写など、ポルノ小説と違ってことさらに女体の変化を微に入り細を穿つような筆致こそないものの、白昼夢のような百合シーンの連打にはその筋のマニアであれば満足できるに違いありません。
ミステリ的な技巧としては、やはり陰謀に絡めた操りの書き方に注目で、本作では、より贅肉をそぎ落としたスタイリッシュな物語ばかりがももてはやされる平成の小説とは異なり、全体としては無駄の多い鷹揚な昭和風の展開ながら、罠に陥ちる医師夫婦の二人のシーンを前半では完全に切り離して語りつつ、女たちの百合関係を複雑に織り込みながら、後半に進むにつれて夫婦二人の間に起こっていた出来事がすべてタイトルにもある『赤い暈』の陰謀へと繋がっていく結構が秀逸です。
しかし誰一人としてマトモな登場人物がおらず、女と女が出会えば必ず百合、男は男で秘密クラブの変態紳士や、極上のゴッドハンドで女を絶頂へと誘う指圧師だったりしながらも、物語は破綻せずに隠微な陰謀劇へと着地を見せる手管は生半可ではありません。戸川ワールドでは定番の着ぐるみプレイこそないものの、人体改造、催眠セックス、貧乳嗜好、年下娘が大人の女を誘惑、さらにはヘッドフォン女子萌えのボーイもかぶりつきで読まずにはいられないセックス・シーンなど、百合、百合、百合の大盤振る舞いの中にも様々な趣向を凝らした物語は、ミステリの縛りなどガン無視して独自の秘宝館ワールドを開花させた戸川女王の独擅場。
『透明女』の激しさにはついていけない、という方にもオススメできる一冊ではあるものの、やや長いのが玉に瑕、――むしろ、個人的には『夢魔』から『透明女』へとステップアップするための中継点の一冊として読まれることをオススメしたいと思います。