地獄の門 / 法条 遥

2012年5月19日 8:58 PM

折り込みにあった「担当オススメ」の言葉に曰く、「くやしい。でも面白い。『二度読み必至』の異色ミステリです!」とのこと。ただ、結論からいってしまうと、「本格読み」がこれを角川ホラー文庫のホラーではなく仕掛けアリの異色ミステリとして読んでしまうと、その騙しの技法の筒抜けぶりにかなり落胆することになるのではないでしょうか。ただ、それでも、自分は十二分に愉しめました。

物語は、地獄に堕とされたボーイが自らを殺した犯人に復讐するために、悪魔を騙して過去世の自我を持ったまま転生をはかる。一方、恋人を殺された女刑事が犯人を仕留めてやろうといきまいており、……という話。

地獄に堕ちたボーイの視点から「地獄編」を、そして恋人の女刑事のシーンを「現世編」というフウにして二つのパートを平行させながら物語は進んでいくのですが、途中で地獄堕ちボーイとその恋人の女刑事のほか、もうひとり、ある人物がこのドラマに「現世編」で絡んでくるらしいことが途中で仄めかされます。自分はもうこの時点で、最後に明かされる二つのパートにある仕掛けのほぼ全容は見抜いてしまっていたのですが(爆)、この仕掛けが明かされて物語はスンナリと幕、となるわけではありません。

地獄と天国の仕組み、天使と悪魔の本性と絡めて、今まで読者が登場人物たちとともに追いかけてきた物語をある種の禁じ手によって卓袱台返しでジ・エンドとしてしまう幕引きは、マトモな本読みであれば、激怒必至とでもいうべき趣向なわけですが、悪魔のブラックに過ぎるキャラによって、憎悪のみで『生きて』きた主人公を無常の極北へと連れ去ってしまうこのオチはむしろ痛快至極。これはアレだね、現代の『カンタン刑』だよね、などとニヤニヤしてしまう、自分のような某氏のファンであれば、ここでは拍手喝采してしまうのではないでしょうか。

プロローグのシーンの天使の言動や、目を覚ました状況の不可解さについて、作者はあまりに手の内を明かし過ぎているがために、ミステリ読みであれば最後の趣向でさえもすでのにここでネタを見抜いてしまうのではないか、と、読者のこちらが心配になってしまうくらいの親切設計ながら、しかしネタが割れたからツマらないかというとマッタクそんなことがないのが本作の強みでもあります。

登場人物たちの熱さ、……自らを殺した犯人への復讐心に燃える主人公、そして恋人を殺した犯人を追い詰めようとする女刑事の気迫、さらには悪魔のあまりにブラックなキャラなどがネタを明かした後の展開で壮大な空回りを見せ、すべてを無常の世界へと突き落としてしまう破壊力は抜群で、異色ミステリというよりは、最高にブラックで痛快な、それでいて、何ともいえない哀しい余韻を残すこの風格は、まさに某氏の作品を彷彿とさせるゆえ、むしろミステリ読みよりも、どうか某氏の愛読者にこの作品が届いてほしいなァ、と祈らずにはいられません。このあからさまに見える趣向から、ミステリ読みであればいくらでも貶すことのできる作品ではありますが、自分は偏愛します、というか、『バイロケーション』ですでに自分の中では注目作家となっている作者、本作を読んで自分はもっと好きになりました(爆)。


エクスワイフ / 大石 圭

2012年5月18日 9:14 PM

あとがきで大石氏曰く『この本は僕の初めての短編集』とのこと。確かに『60秒の煉獄』というのもありましたが、あちらは連作集。純粋に異なる物語の短編を一冊にまとめたという点では確かに本作は「初めて」ということになるかもしれません。内容の方はというと、エロスに老いに死体嗜好と、大石氏の長編に見られるモチーフをふんだんに用いた佳作揃い。

収録作は、すでに盛りを過ぎた商売女が煉獄を味わった暁に人生の大逆転を夢見る傑作「オカメインコ」、安い娘と浮気をしたばかりに夫婦仲が破滅した男女の隠微な駆け引き「ワインの味が変わる夜」、樹海で拾った美女の死体に魅せられた駄目男の美しき奈落「拾った女」。

種の保存を目指したばかりにインポとなった夫とその妻の秘策とは「夫が彼に、還る夜――。」、タイトル通りに女体の「愛されるための」部位についてのショート・ショート「愛されるための三つの道具」、女王然とした高慢チキな妻と離婚を決めた男の背徳的な復讐「エクスワイフ」、平凡な旦那に先立たれた中年女の生「摩天楼で君を待つ」、性別を超えた愛の苦楽を絶望的なハッピーエンドで描いた「杏奈という女」の全八編。

最初を飾る「オカメインコ」は、かつて夜の世界で花形だった美女の栄光と挫折を、煌びやかな過去の逸話を織り交ぜつつ貧しい現在と対比させながら描いていく結構がいい。美しいだけではなく教養もあるヒロインがなぜ堕ちていったのか。そこには壮絶な事件があったわけでもなく、人であれば誰もが等しく受け入れなければならないものがあるわけですが、夜の世界においてこの必然はあまりに厳しい。しかし、彼女はこの辛い現実を受け入れつつも、いまだに夜の仕事を続けている。

ある夜、破格の依頼が舞い込んできて、彼女はそれを受け入れることにし、……とここからは、予想通り、ヒドい目に遭うわけですが、この悲壮がタイトルにもなっているオカメインコの暗喩するある事柄によって救済されるラストが美しい。絶望的なハッピーエンドの「その先」を鮮やかに描ききったという点で、近作長編『愛されすぎた女』ともまた違った大石氏の新境地の一編といえるのではないでしょうか。大石ファンであれば、この一編だけでも本作を買う価値アリです。

「ワインの味が変わる夜」と「夫が彼に、還る夜――。」は、いずれも夫婦を扱った物語で「ワイン」では、夫の浮気というか安い女に本気になってしまったことが、そして「夫が彼に、」では、子供が欲しいという妻の欲求が、順風満帆といえた夫婦仲に大きな傷をつけてしまいます。「ワイン」では、夫の浮気によって破綻した夫婦仲のその後の倦怠を巧みな筆致で描いているのですが、大石小説では定番の技法ともいえる、一つのシーンを複数の視点から描いて、それぞれの心理を炙り出していくという見せ方が本編でも存分に発揮されています。

「拾った女」は、エロスといっても背徳的な死体嗜好を扱った一編ゆえ、収録作の中ではやや異色に感じられるかもしれません。『死人を恋う』でも重要なモチーフとして登場した死体嗜好ですが、本作では短編ゆえに死体のリアリティはやや控え目で、美しいラストとともにお伽噺のようにも感じられるところが素敵です。

「エクスワイフ」は、女王様然とした高慢女と離婚を決めた夫が、大金を積んで妻をイジめてやろうと画策し、……とあれば、この男が思う存分女に鞭をふるい、「いやーっ!」という悲鳴が聞けるのかと期待していると、物語は思いもしない展開に(爆)。堕ちていくことの快楽を活写したという点では、これもまたもう一つの「絶望的なハッピーエンド」といえるのかもしれません。

「杏奈という女」は、非常にシンプルな物語で、要するに女ではない女を愛してしまった男と、愛される女の心理を重ねて明快な「絶望的なハッピーエンド」で魅せてくれる一編です。もちろん女ではないとはいえ、そうした部分での特異なエロスもシッカリと描かれているわけですが、ノンケの人には「実用的」ではない、……というのは説明するまでもないですか(爆)。

ちなみに「あとがき」によれば、「オカメインコ」と「エクスワイフ」は新潮社の担当編集者、また「夫が彼に、還る夜――。」と「愛されるための三つの道具」は綜合図書の編集者によるプロデュースとのこと。「オカメインコ」は挫折したあとの倦怠とともにある日常からの転換点を描いた傑作で、「エクスワイフ」もまた、男が離婚 から快楽とともに堕ちていく転換点を鮮やかに決めてみせた一編だとすると、新潮社の担当者は、大石氏の「絶望的なハッピーエンド」の本質を非常によく理解し、その風格を存分に引き出してみせようとしたことが判ります。その試みは成功しており、個人的にも収録作の中では、この二編がかなり好みだったのですが、担当が同じと知って、なるほどと思った次第です。

大石氏のエッセンスがイッパイに詰まった短編集ではありますが、シーンとしてはエロっぽい要素がかなり強く、大石小説を読み慣れていない人であれば、このエロスの描写ばかりに気をとられてしまって、「絶望的なハッピーエンド」を柱とした大石ワールドの本質を読み逃してしまうのではないかという気もします。ビギナーであれば、とりあえず長編から入るのがよろしいかと。そして自分のようなマニアであれば、これはあの長編で使われたアレだな、と過去作を思い浮かべながらニヤニヤするのも一興でしょう。