炒飯狙撃手 / 張國立

3月23日に刊行される日本でも台湾ミステリ。

本格ミステリというわけではなくて、国際謀略もの、サスペンスといったジャンルにカテゴライズされる一冊ながら、タイトルは日本版も原版マンマの『炒飯狙撃手』であるところに注目でしょうか。キャッチーなタイトルだけを見ると、中華鍋を片手にピストルでドンパチやらかす主人公をイメージしてしまうのですが(実際、ジャケがまさにソレ)、ちょっと、――いや、かなり違う物語でした。

イタリアの小さな港町で、テイクアウトがメインの炒飯屋を営む台湾人の男が、”ある組織”から命令を受けて、イタリアの有名観光地であるトレビの泉で、台湾からやってきた要人を殺害するも、その後、彼は組織から追われる身に――。

一方、台湾では、基隆のホテルで、ある軍人が拳銃自殺を図ったと思しき事件の捜査に、退職間近の刑事が関わることになる。やがて、台湾では銃殺されたもう一体の死体が発見され、その背後には謎の組織が蠢いていることが明らかになっていく。その組織の正体は、そして組織とイタリアでの暗殺事件の関わりは、――という話。

こうしてあらすじだけざっと書いてみれば、中華鍋を片手にドンパチのイメージが湧いてくるタイトルとは裏腹に、シリアスな物語かと思ってしまうのですが、組織から追われる狙撃手を描いたヨーロッパ編と、退職間近の刑事の視点から事件の謎を探っていく台湾編ではやや印象が異なります。

まずシリアスに徹したヨーロッパ編では、ハリウッド映画的なドンパチは一切無し。何しろ追っ手から逃れようとする暗殺者は、タイトルにもある通り「狙撃手」で、彼を追う敵方も因縁のある狙撃手という組み合わせゆえ、まさに『ジョン・ウィック』の逆を行く息詰まる攻防で、狙撃手二人による狙撃シーンをジックリと描き出しているところが秀逸です。

中盤のプダペストを舞台にした静かなる狙撃戦は、本作の魅力を明快に現してい、さらに物語の終盤、ついに真の黒幕と相対して、雨の降りしきる暗闇で展開される狙撃手同士の対決が素晴らしい。このシーンの舞台となる場所を訪れたことはないものの、刑事と狙撃手がラスボスに立ち向かっていく見せ場は、原文を読んでもその光景が鮮やかに眼に浮かんでくるくらい。

一方の台湾編では、退職まであと十数日という刑事が、台湾各地を奔走して、事件解決の端緒を摑んでいく展開で、そこに相棒(といっても彼の上司)が単身イタリアに飛び、ヨーロッパでの事件と台湾の事件とを結びつけていく。この上司がなかなかに剽軽な立ち位置にいて、シリアスな国際謀略劇に軽いユーモアを添えています。

国際政治的には曖昧な立ち位置にある台湾という場所において、必然的に生まれた武器商人暗躍の背後に、中国の壮大な歴史を絡めた物語を縦軸として、退職間近となる刑事の家庭事情を横軸に据えた結構が魅力的で、この刑事の恵まれた、――とはいえ世代間のささやかな問題を抱えている家庭と、アウトローである狙撃手の生い立ちを対蹠させた見せ方もまた見事。この謀略劇を経て、主人公である狙撃手が得たものと失ったものは何なのか、彼の想いを読者に委ねたラスト・シーンも印象的。

実はこの作品、続編となる『第三顆子彈』が昨日刊行されていて、あらすじを読む限り、こちらでも、本作で活躍した狙撃手と、退職した刑事が再登場となる様子。今度の事件は大統領狙撃事件とのことで、いま読んでいる香港ミステリを読了次第、取りかかる予定です。