鬼狂い / 西村 寿行

ウン十年ぶりに再読。本作、たしか中学生時代に新刊を単行本で購入して読んだ筈で、記憶は曖昧だったものの、読んでいるうちに少しずつ思い出してきました。ただ、当時は本流のハードロマンやパニック小説に夢中になっていた時期で、本作の感想は「??」だったのですが、この歳になってようやく本作の崇高なテーマを堪能できた気がします。寿行ワールドのなかでは異色ではありますが、傑作でしょう。

物語は、――幼い娘を白血病で失った妻は、警察官であった旦那の元を去り、ゲス野郎たちの妾となるが数年後には癌を発症してしまう。元夫が再会したときにはすでに末期症状で、激痛にのたうつ元妻とともに、彼は死出の旅に出ることを決意する。元夫は警官を辞め、元妻の激痛を少しでも緩和させようと麻薬を裏の筋から手に入れ、強盗に手を染めてしまったあげく、指名手配に。そんなふたりは、行く先で窃盗団の婆集団に助けられると、山に自生する薬草の効果で妻は幻覚を見、野良犬とまぐわう。それが効いたのか、いったん癌は緩和したかに見えたものの、二人はまた脱獄囚にとらわれ、――と話が続きます。

まず、寿行ワールドでは定番ともいえるモチーフがふんだんにブチこまれているところが素晴らしい。犬(『犬笛』)、婆集団(『悪霊の棲む日々』)などなど、……なわけですが、そこに逃避行という寿行式ハードロマンが得意とする展開でグイグイ物語を牽引していくわけですから、面白くない筈がありません。

とはいえ、元妻が幻覚を見て洞窟の中で後背位で犬に犯されるシーンは、幻想小説という方がふさわしい蠱惑的な描写で魅せてくれるし、病弱な妻を連れて御嶽山への登頂を試みるなどの無謀さと、怪異も添えて一つの殺人が明らかにされる逸話の強引さなど、「とにかくこういうモンなんだよッ!」と読者をひっつかんであらぬ方向へとドライブさせていく手腕は相当なもの。

それでいて、犬から脱獄囚からはては家出少年にと、獣姦、強姦、NTRとあらゆるベクトルからオンナを蹂躙するハードロマンの激しさにも注目でしょう。それでいて、逃避行の末の着地点は思いのほか荘厳で、美しい。いよいよ死地となる妻の故郷へとボロ車で迎うふたりが、いったいどうなるのか、読んでいる当初はまったく予想できなかったのですが、あれだけのトンデモないことを通過したあげくの、――死と生の表裏ある幕引きの素晴らしさは、十代のボンクラにはとうてい理解できなかっただろうなァ、と今回再読して感じ入った次第です。

ハードさはいつもの寿行節で魅せてくれるいっぽう、純文学に限りなく近接した重厚なテーマの本作、これから老境へと向かう中年世代にこそ手に取るべき一冊といえるかもしれません。