『冥談』は相当に自分の怖さのツボにどハマリでかなり怖かった印象があるのですが、今回は怪談の持つ怖さとは何なのかという自己言及的な趣向にもこだわりを見せた意欲作。定番ともいえる記憶の混濁に依拠したおぞけを醸し出す逸品もしっかりと揃えた盤石さで、このシリーズのファンであればまず安心して楽しめるという逸品でありました。
収録作は、「便所の神様」、モノが歪んで見えてしまう幻覚にオトシマエをつけようとする語り手がヤケクソ感漂うパンク節で幻想を払拭する「歪み観音」、記憶を辿るうちに封じ込めていたあやかしが不意打ちように出現するショッカーな逸品「見世物姥」、京極怪談では定番の記憶を扱いながらも、予想されるおぞましき結末へと流れていく奈落の展開が相当に怖い「もくちゃん」。
観察するものの主観によって怪異はときにユーモアへと転じるという定石の絶妙なサンプルを提示してみせる「シリミズさん」、珍妙な温泉ホテルのリアルが幻覚へと変容していく描写がスリリングな「杜鵑乃湯」、忘れていたことを思い出すことの酷薄と狂気を描いた「けしに坂」、「むかし塚」の全八篇。
もっともイヤーな感じを味わえたのは「もくちゃん」で、近所に住んでいたちょっとココがアレな人たちの記憶を辿りながら、タイトルにもある本丸のアレな人であるもくちゃんへと話が流れる導入部から一気に引き込まれてしまうわけですが、このもくちゃんが執拗なほど語り手の友人にまとわりつくその理由の不条理さがまず怖い。
そして頭がアレであるがゆえに、このもくちゃんが行おうとしている奇妙な行動にもハッキリとした説明がつけられず、またそこへ友人が真顔で口にした不可解な言動を重ねることで、もくちんのおぞましさがいっそう際立つという中盤の流れも、本編のキモチ悪さを引き立てています。何となくこの結末はほとんどの読者が想像できる、――というよりは、いやが上にもそう考えてしまうのではないかと推察されるわけですが、それゆえに、この奈落ともくちゃんの奇妙な行動を結びつけてしまった挙げ句、因果の妙にとらわれてモヤモヤしてしまうという読後感が怖気持ちイイ。
「歪み観音」と「シリミズさん」は、怪談あるいは恐怖小説の体裁をしていながらも、語り手の主観とその語りによって、怪異をユーモラスなものへと転じてしまった逸品です。「歪み観音」の方は、自分だけが周りの人間とは違うという事象を単なる幻想へ昇華することなく、ヤケクソ感漂う語り手の心情をぶつけてみせることで、その後に出てくる怪異の存在を無化してしまうというパンキッシュな趣向がキモ。
一方「シリミズさん」の方は、家にまつわる様々な怪異が語り手によって描写、説明されるものの、それを読むものはおそらくこの段階では怖さを感じることはないでしょう。ある怪異と邂逅することで、記憶の中の怪異を「間抜けすぎるだろう」「本で読む怪談はもっと怖い。怖いというか、禍々しい」と嘯いていた語り手の心のうちに、はじめて恐怖が生じるわけですが、そこで読者もまたこの語り手の心情の変化を同時体験できるという企みが秀逸です。とはいえ、結末はどこかとぼけた感じで、イヤ感は皆無。むしろ収録作の中では清々しささえ感じさせる一篇で、かなり好み。
高橋克彦の傑作怪談を挙げるまでもなく、過去の記憶を辿るうちに思い出してはいけないものまで思い出してしまい、それがリアルな恐怖を引き起こすという定番の趣向で見せてくれるのが、「けしに坂」と「むかし塚」で、「けにし坂」の方が、記憶の連なりを執拗に繰り返していくことと、ひとつひとつの幻覚描写のインパクトから破壊度は上。とはいえ、「むかし塚」における少女の淡い記憶の隅々に垣間見える不気味さと、後半のむかし塚のシーンから一気に幻想的な風格へと流れていく展開も魅力的です。
「見世物姥」もまた昔の記憶の曖昧さに依拠した語りと神隠しという怪異とのコンボという盤石な構成で魅せてくれる一篇ながら、こちらは忘れていた記憶を辿る恐怖よりは、最後の最後にドーン！と出てくるあるもののインパクトが相当に強烈。
「杜鵑乃湯」は、ありえない温泉ホテルに泊まることになった語り手の奇妙な体験が綴られていき、それが次第に幻想へと変容していく展開がスムーズ。描かれる幻想が昭和秘宝館みたいな感じで、「受刑者の作品展」には吹き出してしまったのですが、幻想へと呑まれてしまう語り手の体験が狂気なのか、夢なのか、そのあわいへと堕ちていく幕引きはかなり怖い。
前作の『幽談』、『冥談』とこの「 」シリーズはまったくのハズレなしゆえ、ファンであればもちろんのこと、まだこのシリーズは未読という方でも、京極式怪談の定石ともいえる「けしに坂」と「むかし塚」でゾーッとするもよし、「シリミズさん」で吹き出したり怖がったりと感情のジェットコースターに翻弄されるもよし、と様々な体験を愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。