大石氏の新作は、何だかジャケが完全にグリーンドア文庫とかアッチ系のタッチで、いつも以上にエロい話かと思ったら、さらあらず。話を簡単にまとめると、末期癌で助かる見込みのないアラフォー女が、娘を産んで離婚したあとの壮絶な売春婦時代を振り返る、――というもの。確かに「絶望的なハッピーエンド」ではありますが、従来の大石小説におけるそれとはかなり意味が異なります。
ヒロインはこれまた大石ワールドの住人ならではの、――子供のころから美人でスタイルが良くてまわりからもチヤホヤされて、二十代の頃は男にモテモテだったものの、結婚して子供ができるや生来のアバズレの性癖ゆえに離婚を切り出された挙げ句、再デビューを飾るも出張売春婦にまで身を落とし、……というもので、この転落人生の逸話を末期癌の痛みとともに綴っていく構成が素晴らしい。
もちろん大石小説ならではのサービス・エロも健在で、売春婦時代に相手にしたヒドい客のエピソードがテンコモリ。アソコはたたないが金はあるという老紳士とのネチッこい愛撫の描写と、末期癌で余命幾ばくもないヒロインの肉体の悲壮との対比や、過去の記憶を辿っていくことで、死につつある自らの肉体に、ほんのひととき性の炎がともるシーンを大石式エロスで盛り上げていくところなど、サービスのエロをしっかりとヒロインの悲哀溢れる逸話へと昇華させた技巧にも注目でしょうか。
エロに関しては、近作においてはサンプリング化しつつある大石小説ゆえ、肛虐、口淫、さらには緊縛と定番の趣向をズラリズラリと並べただけで新味はないものの、今回はプレイの前にはモジモジとしていた男が突然豹変して行為に及ぶ逸話がいい、というかヒドい(爆)。本作のヒロインは「オカメインコ」を彷彿とさせるアラフォー売春婦ゆえ、歳をとることの残酷な現実をより極端に描いてみせるには、こうした逸話も必要であったとはいえ、本作の場合は「オカメインコ」のヒロインのような「その後の人生」も封印されているという設定ゆえ、悲壮感はより際立ちます。
大石小説における「絶望的なハッピーエンド」とは、絶望的な状況にありながらもささやかな幸せを得ることで、その後の絶望を生きていく、――というようなものであるはずで、絶望とはいうなれば、物語が終わった後、主人公がその後の人生において背負っていくべき十字架のようなものであるわけですが、本作のヒロインの場合、末期癌で余命幾ばくもないという設定ゆえ、「絶望的なハッピーエンド」の前提条件となる「物語が終わった後の人生」というものがそもそも封印されています。それゆえに同じ「絶望的なハッピーエンド」といっても、その意味合いは従来の大石小説とは異なり、ファンであれば、このあたりの大きな変化に気がつけるかどうかで、本作の評価も変わってくるような気がするのですが、いかがでしょう。
ジャケ帯には、「……ところが39歳の私を襲ったのは末期癌の宣告。絶望、怒り、恐怖、あらゆる激情が去ったあと私はある人に赦されたいと強く願った」とあり、本作における「絶望的なハッピーエンド」では、「赦し」という言葉が大きな意味を持っています。あれだけアバズレだった過去を顧みて、それでもなお自分が得られるものがあるとすれば、……という、「絶望」の中にあるヒロインは果たしてこの「赦し」を最後に得ることができるのかどうか、その願いが叶うとすれば、「ハッピーエンド」となりえるわけですが、……その結末については皆さが本作を読まれて、確かめていただければと思います。
そのことが明らかになるエピローグは、素直に読めば上に述べた通りの「絶望的なハッピーエンド」と解釈できるものの、もしかしたらそうではないのかも、……という含みを持たせたものになっているように自分は感じました。まあ、こんなふうに読んでしまうのは、相当にひねくれた人だけかもしれませんが(爆)。
再びジャケ帯から引用すると、「女の性の悲哀を描く傑作長編」とある「性」という言葉は、そのまま「生」にも重なり、ヒロインのまわりの人達が何の前触れもなくあっけなく死んでいく無常観に充ち満ちた物語世界を、過去の逸話も織り交ぜて淡々と描ききった本作は、エロの激しさを除けば大変あっさりとした風格で、この大きな変化を従来のファンがどう受け止めるのか興味のあるところです。サンプリングを効かせたエロを除けば今までの作品とは趣を異にする本作は、もしかした将来、大石小説の大きな転換点と評価されることになるかもしれません。個人的にはかなり好きな作品ではありますが、そうした問題作ゆえに取扱注意、ということで。