虚空の糸 警視庁捜査一課十一係 / 麻見 和史

虚空の糸 警視庁捜査一課十一係 / 麻見 和史ドジっ娘新米刑事のシリーズ第四弾。第一作である『石の繭』は本格ミステリとしての技巧を凝らしながらもややダメミス、キワモノの風味を添えて文三らしい物語にまとめながらも続く『蟻の階段』、『水晶の鼓動』では実直路線へと進展をはかっていったこのシリーズですが、本作は初心に返れとばかりに、キワモノマニアも愉しめる要素をさりげなく添えて、堅実ながらもニヤニヤできる一冊に仕上げてきました。

あらすじはというと、一見自殺かと思われたコロシが発生するも、すぐそのあと件の殺人事件の犯人とおぼしき男から、東京都民全員を人質にしたから金をよこせとヤクザな要求を警察にブチまけてくる電話がある。たたみかけるように第二、第三の殺人が行われるにいたって、ついに犯人とおぼしき人物に目星をつけた警察陣だったが、『身代金』の受け渡しには件のドジっ娘刑事が任命され、――という話。

ジャケ帯にもある『人質は東京都民1300万人。前代未聞の警視庁脅迫事件!』という惹句はいささか大袈裟で、前代未聞という文言に関しても何だか既視感があったりするわけですがそこはそれ。文三らしさ溢れるキャッチコピーもスルーして本文に進むのが吉、でしょう。人質云々という大仰な惹句ながら作中で殺されるのが数人という小粒さは、ともすればその落差からダメミスの烙印を押されかねない結構ながら、本作では被害者とのミッシングリンクをたぐり寄せていく過程で中盤には早くも容疑者とおぼしき人物が明かされ、そこから『身代金』の受け渡しのシーンへと切り替わるというテンポ良い展開が秀逸です。

中盤に犯人が明かされるといっても、もちろんそれだけでは簡単に終わらないのが本シリーズの優れたところであり、ここで明かされる犯人の実像に警察小説では定番の組織内の確執や問題を滲ませ、それを最後の真相で開陳される構図の妙へと結びつけた趣向も素晴らしい。とくに真犯人と表裏をなして寄り添う人物の属性は、フーダニットでの反転を見せながら警察小説である本シリーズの輪郭をよりはっきりと見せる効果を出しているところに注目でしょう。

こうした実直にして堅実な事件の構図をくみ上げながらも、シリーズ第一作である『石の繭』に見られたキワモノ風味が感じられる作風は、自分のようなマニアとしては好感度大で、とくに本作では短いながらも『石の繭』に見られたドジッ娘刑事と犯人とのテレフォン・プレイを復活させたところが素晴らしい。文三の担当編集者から「麻見さん、『蟻の階段』、『水晶の鼓動』はあの通り警察小説としても安定した評価を得たことだし、ここらで原点回帰しましょうや。ほら、『石の繭』では一部のマニアに大好評だった電話プレイ。アレを復活させて、後半の塔子ちゃんが襲われるシーン、あそこもできれば失禁してパンツをぐっしょり濡らしてくれると最高なんだけどなあ」などとまくしたてるのに当惑しながらも「失禁はちょっと……まあ、でも犯人との電話のやりとりだけだったら」なんてかんじで気圧されてしまったその結果としてあのシーンがあるのか、なんて作品完成の舞台裏を妄想するのも一興でしょう。

また、ときおり挿入される犯人のキ印っぽい振る舞いからコイツがリスカ野郎だということが判るのですが、この犯人の造詣がまた秀逸で、刑事たちに追い詰められるや我を失ってわめき散らす醜態を演じた挙げ句、『人質は東京都民』だのデカい花火を打ち上げといて実際に殺したのは十人にも満たない小物ぶりを見せつけるだけでも飽き足らず、その背後にいた人物には大石小説ではお馴染みのアレをしていたというゲス野郎だったという失笑ものの真相にいたっては火サスも裸足で逃げ出す凡庸ぶりながら、二時間ドラマであれば最後にこのゲス野郎との愁嘆場が演じられるところを、警察小説ならではの構図へと昇華させてしまった豪腕ぶりは特筆もの。

また犯人についても『石の繭』に見られた原点回帰の趣向が感じられるところも素敵で、本丸の野郎の名前が明かされた瞬間、「えっ?そんなやついたっけ?」と一瞬考えるものの、「あーいたいた。確かにそんなことを言ってたな」と思い出すにいたって、意外性という点に関しての衝撃こそ薄いものの、とりあえず例の台詞で伏線はシッカリ張っときましたから!という生真面目さに根ざしたアリバイづくりも盤石です。

さらには犯人像に、すわドジっ娘刑事とのコンビ解消かと作中でたびたび匂わせていた件とも対照させて、シリーズの次なる展開を読者に期待させる幕引きも素晴らしく、個人的にはシリーズの中では、――あくまで現時点ではということになりますが、『蟻の階段』に継ぐお気に入りとなりました。

本格ミステリとしても、また警察小説としても実直な作風と趣向で見せてくれた前作に、第一作のキワモノテイストを織り交ぜた本作、作者のファンであればまず安心して愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。