『人面』だ『惨劇』だと、石持ミステリにはやや違和感を覚えてしまう言葉が並んでい、さらにはジャケ裏の作者の言葉に曰く「この人面屋敷が綾辻館を超えているとはとうてい思えませんが、少なくとも「石持館」にはなっていると思います」とのこと。「綾辻館を超えているとはとうてい思え」ないといいつつ、奇「面」館を想起させる人「面」屋敷というタイトルから、雰囲気タップリの館でタイトル通りの「惨劇」が起こるのだろうと期待しているとやや肩すかしを喰らってしまいます。
むしろ自分のような石持ミステリの偏執的なファンであれば、「石持館ってのはアレでしょ、つまり館ン中にはトイレがなくて、ジャケに描かれている可愛い女学生が『おしっこ、もれちゃう!』って皆の前で失禁するシーンがウリの……って、これじゃあ『人面屋敷』ならぬ『赤面屋敷』……」なんてクダらないことを妄想してしまうわけですが、まあ、失禁に関しては当たらずも遠からず、……というか、こちらの期待とはやや違うかたちではあるものの、石持エロミスでは定番ともいえるお漏らしシーンはしっかり凝らされているのでご心配なく。
あらすじは、人攫いの疑いがある金持ち屋敷に、自分の子供が誘拐されたと主張する被害者家族どもが潜入を敢行、攫われた自分の子供を探そうとするのだが、……という話。とはいえ、この人面屋敷に潜入を試みた被害者家族が、殺人鬼の金持ちマンに次々と殺されていくというお話ではありません。そもそも早々に序盤でアッサリと件の金持ち野郎は死んでしまいます。
で、ジャケにもある娘っ子が突然現れて、奇妙な展開へと流れていくのですが、果たしてご臨終と相成った金持ち野郎がホンモノの犯人なのか、そしてこの屋敷には誘拐された子供たちはいるのか、というところを石持ミステリならではのロジックを開陳しながら小気味よく展開していきます。
物語が新たな流れを見せるのは、もう一つの人死にがあってからで、この過程で様々なブツから誘拐事件の真相が明かされていくのと併走するかたちで、現在進行形の人死に関するフーダニットを見せていく推理のシーンが素晴らしい。石持ワールドにはおおよそふさわしくないような、ヒステリック婆が怜悧な娘っ子と絶妙な対比をみせていて、結構アッサリ目に第二の殺人については犯人が判ってしまったな、――と油断していると、エピローグ風の最後にそれが見事にひっくりかえされ、同時にある人物の意外な正体から、この屋敷で何か行われていたのか、さらには過去の誘拐事件の真相と犯人が繙かれていく結構も秀逸です。
『セリヌンティウス』ほどの劇薬ではないものの、キモチ悪い集団がキモチ悪い俺様倫理を振りかざしてキモチ悪い行動を当たり前に行っているという、石持ワールドならではの「毒」は健在で、そこに美少女をさりげなーく絡ませているところなど、石持ミステリとしての満足度は高いものの、今回はおもらしシーンこそあれど、エロはナッシング。
とはいえ、誘拐事件の犯人の歪んだ心理や人物像、さらにはこの狂気の世界で生き残った者たちの未来と「絶望的なハッピーエンド」は、大石圭にも通じるような気がします。繰り返しになりますが、エロはナシながら、このエンディングはかなり好み。大石圭氏の小説が好みの人には、大石ワールドを裏返しに描いたような本作の風格にはかなり惹かれるものがあるのではないでしょうか。本格ミステリファンで大石小説が好き、という奇特な読者はかなり少数ではあるものの、そういう方には是非とも手にとってみることをオススメしたいと思います。