誰も僕を裁けない / 早坂 吝

誰も僕を裁けない / 早坂 吝
世評の高さから、電子化を待てずに購入。これが、現時点における作者の最高傑作といってもいいほどの仕上がりで大満足。堪能しました。

物語は、ホの字だった娘っ子がレイプされている現場を目撃してしまって以来インポになってしまったボーイのパートと、とある社長サンからメイドとして働いてもらいたいという怪しい手紙を受け取った援交探偵らいちが奇妙な館を訪ねていくパートの二つからなっており、ボーイのパートでは知り合った女性とエッチしてしまったばかりにトンデモないことへ巻き込まれてしまう彼の受難が描かれ、一方のらいちのパートでは探偵でありかつなんとなく容疑者という微妙な立場におかれてしまった彼女の立場から館ものらしい連続事件の顛末が進行していくのですが、この二つが後半で繋がりを見せるであろうというのは本格ミステリのお約束。

実際、中盤で早くも二つのパートにおける登場人物の関係が明かされるのですが、こうした人間関係の繋がりの背後で時間軸・時間軸に作者らしい、というよりは、いかにも講談社ノベルズらしい騙りの技巧がさりげなーく凝らされている企みも十二分に素晴らしいのですが、本作ではさらに”史上発(?)”を謳っている「社会派エロミス」としての風格に要注目で、個人的には、ジャケ裏の「これが新時代の講談社ノベルズです」という作者の高らかな宣言に隠された意図を色々と妄想してニヤニヤしてしまいました。まずもって怪しい館の見取り図を冒頭にバーンと掲載して、これから始まる事件の展開を期待させるお約束は、綾辻氏の館ものはもとより、最近ではこちらの作者の十八番ともいえるもので「講談社ノベルズ」らしいといえるし、さらには二つのパートの繋がりからムンムンと醸し出されるバカミスらしさは、これまたこちらの作者へのリスペクトにも見えるし、――というかんじで、「講談社ノベルズ」というレーベルの持つ魅力が凝縮された集大成的ともいえる風格を持ちながら、そこには「社会派」という古典的な意匠と「エロミス」と新機軸を強引に結合させて、過去からの蓄積によって構築させたイメージをさらに深化・更新させていこうという作者の意気込みがヒシヒシと感じられます。

上にも述べた通り、本作では「社会派」と「エロミス」という二つをただゴロンと作中に並べるのではなく、この二つを見事に融合させ、さらには講談社ノベルズというレーベルの蓄積を継承しながらもその風格をさらに更新していこうという心意気に要注目なわけですが、「社会派」という視点一つをとってみても、ボーイのパートである事件の容疑者とされてしまう人物が、あくまで法律という縛りによって罪そのものが宙づりにされてしまう趣向に、もう一つのパートにおける作者ならではのエロミストリックを重ねて、「社会派」と「エロミス」というフツーに考えれば絶対に相容れない二つを強引に結びつけるのみならず、そこから登場人物の悲哀溢れる過去を一気に書き流して悲哀溢れる結末へと繋げてみせる構成など、フザけにフザけた本格ミステリとしての仕掛けがすべて人間ドラマへと収斂していく作者の企みにはもう脱帽するしかありません。

さらにダメ押しとばかりに、エピローグとプロローグのシーンを繋げてみせることによって、これまた講談社ノベルズらしい騙りの技巧で、その描写の意味合いをまったく違った様相へと変えてしまうマジックも披露して幕となる本作には、「講談社ノベルズ」における先達の功績に対する作者の敬意が感じられます。過去を否定したり、変化球でお茶を濁すのではなく、それを更新し、新しい時代を開拓していこうとするその意気込みが十二分に感じさせる傑作にして、すでに新時代の講談社ノベルズを代表する名作といえるのではないでしょうか。オススメです。