背律 / 吉田 恭教

背律 / 吉田 恭教実は作者の作品を読むのが本作が初めて。医療サスペンスという重いテーマを扱った一冊ながら存外に読み口は軽く、またその面白さから”あッ”という間に読了してしまいました。

物語は、自宅マンションで死体となって発見された医者コロシを追う警察の視点と、この医者も勤務していた病院で発生した医療事故を調査する厚生省の事故調査チームの二つの視点から描かれていくのですが、医者コロシと医療事故の二つの事件は物語が進むにしたがって繋がりを見せ、――という展開は期待通り。

医者コロシの容疑者とされていたた人物の死によって事件は一件落着、――というわけにもいかず、この第二の殺人をきっかけに医療事故も重要な動機のひとつとして急浮上してくるのですが、事件はこうした病院内の背景とはまた別のところで過去の死と、それに関わる人物たちの連関を精妙に絡めた構図の妙が素晴らしい。

二つのコロシに用いられたトリックに関しては、針と糸やテープレコーダーほどではないにせよ、懐かし風味溢れるブツを用いたもので、登場人物が推理の過程でも軽いツッコミをいれるくらいのアレっぷりなのですが、それでも二つの事件においてはそれぞれ器用に使い分けを行った配置は好感度大。むしろ本作ではそうしたコロシに関するホワイダニットよりも、犯人側の哀しい動機に着目で、――実を言えば、第一の事件発生当時から犯人は絶対コイツだろうとほとんどの読者がアタリをつけてしまうのではないでしょうか。しかしながら、プロローグに描かれたある人物の「独白」からは、その人物が殺人の計画途上でそのような行動をする筈はないのでは、という疑惑が仕込まれてい、それがまた読者の猜疑を喚起させることで巧みな誤導となっているところが秀逸です。

個人的にもっとも驚いてしまったのは、ジャケ帯にも大きく記されている「声に出せない慟哭と決意。謎の全てはそこにある」という惹句における「決意」によって読者の前に提示されるある行為のハウダニットでありまして、本作がコロシをメインに扱う本格ミステリであり、その謎の主軸が二つの殺人事件である以上、謎解きにおいてはその事件にまつわる事柄が順序立てて大きく語られていく構成は当然ながら、プロローグの最後で謎として提示されたその「方法」がさらりと語られた刹那、その悲痛さと哀しさに思わず身震いしてしまいました。ここから再びジャケ帯の惹句に戻って、「あなたなら、どうしますか」という問いかけには二重の意味が含まれていたこと、さらには「声に出せない慟哭と決意」という言葉にもまた、プロローグの人物と犯人という二人の人物の心の悲哀が含まれていたことを悟るにいたるという、――本文のみならずジャケ帯にも様々な含みを持たせた体裁が素晴らしい。

それともうひとつ、ジャケ帯には「さまざまなテーマを孕む問題作!」とあるのですが、――ここでフとこの惹句を眺めるにつけ、「うン? でも本作のテーマっていえば、やはり現代の医療現場においては避けて通ることのできない”死”の問題がメインであって、他にあったかナ?……」と首を傾げつつ、最後の最期で探偵役が大団円の謎解きのあと、被害者と犯人との隠微な関係についてさらりと語っていたことを思い出すにいたって、”アッ――”と納得してしまったのはナイショです(爆)。