大傑作。個人的には氏の代表作『アンダー・ユア・ベッド』を超えたのではないかと感じさせる一冊で、大石圭史上もっとも耽美性が際だつ物語といえるのではないでしょうか。
あらすじは、実父の死後、彼の再婚相手である美しき義母の介護を続けるうち、主人公は彼女の面影を持つ女を誘拐して半身不随の体にすることを思い立つのだが……という話。
まずヒロインたる魔性の女の美しさに注目で、もちろんその妖艶さには秘められた理由があるのですが、ヒロインの思いや隠された過去と、主人公である青年の暗い思慕とを平行して描きつつ、カタストロフへと次第に近づいていく展開は期待通り。『アンダー・ユア・ベッド』の端緒は、主人公がふとある女性のことを思い出し、その天啓から突飛な行動に走り出すという――主人公とヒロインとの再会には偶然が大きく関与していたのに比較すると、本作のヒロインには実父の再婚相手という必然があり、二人の関係は破滅へと向かうずっと前から宿命づけられています。したがって物語の滑り出しにおいては、『アンダー』のように偶然を必然へと高めていくためのお膳立ても必要なく、優雅な雰囲気に満ちた二人の日常生活が淡々と綴られていくばかりなのですが、これがいい。
氏の初期作においても『殺人勤務医』をはじめとして、マンデリンや熱帯魚など様々なモチーフによって主人公のハイソな生活は描かれていたものの、本作では、主人公は働かずに父の残した遺産だけを頼りに、年齢のほとんど変わらない義母の介護をしているため、二人だけの生活がいつかは破滅にいたるのは既定路線。そうした暗い未来が予感させるデカタンが素晴らしい。そして前半で早々に主人公はすでに殺人に手を染めていることが明かされることでよりいっそう匂い立つ死の香り――。
女王様然としたヒロインと、彼女に尽くす主人公という構図から、二人の関係はヒロインがS、主人公がM――表面的に見ればそうですが、本作ではあることをきっかけに、主人公のサディズムが姿を現し、二人の関係が微妙な変化を見せていく中盤以降の展開に注目でしょう。そしてその変化を促す誘拐監禁された女性の死の描写がまた恐ろしい。『殺人勤務医』を彷彿とさせる衰弱死への変遷と、その変化に戸惑いながらも抗ってみせる主人公の心理描写の見事さ――しかしながら主人公とヒロインを待ち受けるのは、宿命ともいえる緩やかな破滅ではなく、ある種の唐突さを伴って疾風のごとく登場した人物が引き起こした偶発的なものであるところが興味深い。『アンダー・ユア・ベッド』では未来の破滅はあくまで主人公の主観にとどまり確定されたものでなかったのに比較すると、本作では二人が未来の破滅を宿命として受け入れつつ、その破滅へ突き進むまでの甘美なひとときを「絶望的なハッピーエンド」として描き出したところが印象的です。
宿命づけられた共犯関係が冒頭から綴られていた雨のシーンと重なりあい、美しき余韻を見せる本作は『アンダー・ユア・ベッド』の「絶望的なハッピーエンド」の美意識をさらに押し進めた一冊といえるのではないでしょうか。初期作のあの雰囲気がタマらないというファンであれば文句なしに愉しめる一冊で、個人的にも作者の作品の中では五指に入る傑作だと思います。超オススメ。