愛の宿 / 花房 観音

愛の宿 / 花房 観音先日取り上げた『情人』よりも前に刊行されていた本作。『情人』をアマゾンで検索していてその存在を知りました。内容とはいうと、とあるラブホテルに居合わせていた男女の物語をまとめた連作短編集。繁華街のラブホテルで女の死体が見つかったことによって、警察の捜査のためホテルから出て行くことができなくなってしまった男と女――とあるように、女の死体という事件を匂わせる存在を物語の中核に据えながらも、ミステリータッチで物語が展開することはありません。最後の最期、「愛の宿」という短編でその女の物語が描かれるのですが、冒頭を飾る「嘘の宿」から「母の宿」の五編の登場人物たちが連関することはありません。女の死体の謎は宙づりにされたまま、後半へと物語が進むにしたがって、生と死が重なり合い、この女の死の謎を明らかにする構成が素晴らしい。

それぞれの短編を独立したものとしてみても、ダメ男ばかりが幅をきかせた官能ワールドは期待通り。「もし、あの夜、あのホテルに泊まらなければ――」どうなっていただろう、という述懐から始まるそれぞれの短編では女の愛と性が濃密に描かれてい、特に死の影を匂わせる後半の「母の宿」「愛の宿」が素晴らしい。

「母の宿」は、事件のあったホテルに務める女の視点から彼女の半生を大胆に圧縮し、彼女の娘の現在とを交錯させて二人の女の生き様を描ききった傑作です。宿業ともいうべき母と娘の相似、そしてこのホテルの地の利が暗示する生と死の重なり――。再会した娘から聞かされた彼女の悩みと、その身体から発する「女」の焔によって魂の浄化を実感する母親の内心の描写など、『情人』で新たなステージへと踏み出した作者の「凄み」がこの短編にも感じられます。

異色作は「買の宿」で、男性側の視点から、男の寂寥と女の身軽さを描き出した逸品です。女性経験はあるものの、暗い半生を送ってきた男が、出会い系サイトで知り合った素人と件のホテルでコトに及ぶのだが、――という話。ホテルでの女の死という突発的な事態によって、心が打ち解けたかに思えた二人だったが……。ロマンを求める男の弱さと、女のしなやかさの対比が際だつ幕引きがうまい。

「悔の宿」は、同窓会で再会したかつての恋人とホテルに、……という定番の展開から、女の失望・後悔と、男の身勝手さ・いいかげんさの対比を描いたこれまた逸品。男のイヤさはもう、観音小説では定番中の定番ながら、ここではさらにもう一人の女性を登場させて女同士のコントラストを添えることによって、ヒロインの心の揺らぎを繊細に描き出した筆致が素晴らしい。

総じて満足のいく一冊でしたが、やはり『情人』という壮絶な一冊を読んだあとだと、どうにも物足りなく感じてしまうのは致し方ないところで、もし本作と『情人』の二冊も未読の方であれば、とりあえずこちらから先に取りかかることをオススメいたします。とはいえ、観音小説にハズレなしの法則通り、『情人』”以前”においては、本作もまた連作短編の趣向を見事に凝らした、ファンならずとも満足できる一冊ゆえ安心して手に取ることのできる一冊といえるのではないでしょうか。