『ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子』シリーズでで名の知れた作者とのことですが、初めて手に取りました。講談社タイガからのリリースでなければ完全にスルーしていたかもしれません。しかしながら内容は素晴らしいの一言。エンタメに徹した筆致で描きながら、現世と幽界のあわいに澱む魂の慟哭や哀切を描いた見事な怪談物語で、堪能しました。
あらすじは、広告代理店勤務の女性が、道の駅を建設する予定だったとある寒村のある場所で曰くありげな蔵を発見。調査を進めるうち、そこには祟りとか思えない人死にが相次いでおり、――という話。
ヒロインは霊とかその手のものには懐疑的でありながら、実は霊感が強くて、曰くアリの物件を扱う曳き家の男たちにはしっかりサニワ認定されているという、――この絶妙な立ち位置が素晴らしい。心霊現象にドップリ浸かったことのないヒロインだからこそ、”視える”ことに飢えている霊媒野郎と違って、怪しい物件に相対したときに幻視する哀しい光景に対しても一歩引いた目線からその背景を咀嚼することができるわけですが、その一方で、曳き家の男がイケメンでかなり魅力的な造詣ゆえ、ホの字になった彼女は後半、アブない仕事をしている曳き家の男に力を貸すべく、儀式の最中に忌み地へとズンズン踏み込んでいってしまったりと、アクティブで向こう見ずな性格も微笑ましい。
曳き家の助手を務めるボーイの軽いところや、仕事に一途な曳き家のイケメン、さらにはこのイケメン男子とタッグを組んで因縁退散を手伝う生臭(風)坊主など、とにかく一にも二にも印象に残る登場人物たちもいうことなし。このあたりは完全にエンタメに徹したふうでありながら、冒頭の怪異出現の描写など、簡潔にして効果的な言葉を駆使して描かれた筆致の素晴らしさには、堂々たる怪談文学の風格が感じられます。
さらには件の蔵とその周囲に巡らせた謎(男人禁制や、庭にある奇妙な便所の位置など)を、この蔵の持ち主だった家系の曰くを辿りながら推理していく展開にはミステリの妙味もあります。謎が明かされる過程で語られる人々の物語は、ヒロインが最後に語る通りに「恐さと愛しさと切なさ」を内包した人間ドラマであるところからも、案外、怪異とともに提示される謎を繙いていくミステリとしても十二分に愉しめるのではないかなと感じました。
このシリーズ、すでに講談社タイガで『首洗い滝 よろず建物因縁帳』が刊行されており、こちらもすでに購入済。時間が空き次第、手に取ってみるのが愉しみという本シリーズではあるものの、しかしながら本作中ですでに曳き家の男の寿命や宿命か暗示されていたりして、いったいどのような結末となるのか非常に気になるところです。
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