偏愛。名作『アンダー・ユア・ベッド』と表裏一体をなす一冊、――という印象でしょうか。あらすじはというと、エロい格好をして自撮り写真を撮るのが趣味という美人教師が、パソコンをハッキングされてしまい、くだんのエロ写真を盗まれてしまった挙げ句、ストーカーへと転じたハッカーからもっとワタシ好みのエロい格好をしなさい、と脅迫されるようになって、……という話。
エロ自撮りが趣味というヒロインにトラウマがあって、……という大石ワールドではお約束の設定はもとより、本作ではリベンジ・ポルノに苦しむ教え子を脇に配して、現在進行形で脅迫されているヒロインの心情とを重ね合わせた趣向がまず秀逸。しかしながら本作のキモはやはり、この教え子のリベンジ・ポルノへの対応をきっかけにしてメールで脅迫を行うハッカー・ストーカーとヒロインとの関係が精妙に変化していく展開でしょう。さらにここへヒロインをマジで苦しめるリアル・ゲス男が表舞台へと姿を現し、いよいよヒロインを追いつめていくにいたって、ストーカーが彼女を苦しめる対象から一転して、ヒロインを守護する存在へと変転していく後半の趣向がとてもイイ。
『アンダー・ユア・ベッド』は、ストーカーの視点からヒロインと関係を描き出した物語でしたが、本作はその逆。ヒロインの視点から、ストーカーを間接的に描いており、二人がいよいよある事件をきっかけに出会いを果たす、――という終盤の構成も『アンダー』を彷彿とさせますしかしながら敢えてその余韻を”絶望的なハッピーエンド“からずらしてみせ、ヒロインの戸惑いと決意を淡く描き出した筆致が素晴らしい。さらには本作がストーカーの視点から描くことができなかった理由がヒロインに隠されていた真相として最後に明かされるのですが、これが心に疵を追ったヒロインと見事なコントラストを見せているところも大石流。
様々なモチーフをサンプリングしていくことから生まれるマンネリズムは作者の持ち味の一つだと感じている自分ですが、不思議と名作『アンダー』のような純粋ストーカーの物語というのは最近までなかったような気がします。そうした意味では初期の名作のモチーフを見事に裏返してエロっぽいヒロインの蠱惑的な魅力を際だたせるとともに、彼女のアンビバレントな心情と惑乱を丁寧に描き出つつ、ストーカーとの純粋の行く末を予感させるラストで締めくくった構成など、やはり今でも『アンダー』が一番好き、なんていう大石ファンでもかなり満足できる一冊に仕上がっているような気がします。
『蜘蛛と蝶』のような傑作と言い切れるかというとやや微妙なところではありますが、作者の作品の中ではやはり『アンダー』を偏愛する自分としては、忘れがたい物語となりました。『アンダー』からずっと作者の作品は読んでいるヨ、なんていうファンはもちろん、最近の作者の作品はちょっとなァ……という方であれば、昔風味の大石ワールドを感じることのできる逸品として楽しめるのではないでしょうか。オススメです。
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