傑作にして最凶。ミステリ作家であるからこその技法と、連作短編ならではの繋がりが実話怪談としての怪異を際だたせているという点でも一級品の風格を持つ本作、堪能しました。
収録作は、神楽坂にいるらしい奇妙な占い師にまつわる禍々しい祟りを語る「染み」、突然作者を訪ねてきた狂人女の妄想話をロジックで読み解いてみたものの、それがさらなる怪異によって上書き消去されてしまう恐ろしさ「お祓いを頼む女」、引っ越し先の隣人に日常をメチャクチャにされた夫婦の顛末「妄言」、悪夢の意味をロジックで探ろうとするもののその行為が奈落を引き寄せてしまう「助けてって言ったのに」、“出る”部屋でトーシロが行ったお祓いの顛末がホンの一瞬だけ癒やしへと転化される”擬態”幽霊譚「誰かの怪異」、そしてすべての怪談話があることとの繋がりで極悪な怪異曼荼羅へと昇華される「禁忌」の全六編。
最初の染みは、神楽坂の占い師から不愉快なお告げを受けたカップルのシンプルなお話かと思っていたら、その後日談的な逸話がタイトルにもある“染み”の怪異へと変じていく展開がいい。しかしながらこのあたりはまだホンの入口といった感じで、染みの意味づけに辻褄を合わせるだけだったのが、続く「お祓いを頼む女」ではキ印女に突撃された作家の受難を描いた平山”東京伝説”フウのホラーに見せながら、それがゾーッとする怪談話へと急転直下で堕ちていく幕引きが恐ろしい。この「お祓いを頼む女」では、突然訪ねてきたキ印女の語る怪異と、一緒にやってきた子供とを見比べながら、ホームズばりの気づきで、その怪異から現代フウの家庭問題を解き明かしてハイオシマイかと油断させつつ、それがさらなる上位レベルでの気づきによって再び怪異へと裏返ってしまう見せ方が素晴らしい。
「妄言」もまた怪談とは無縁な、「人間が一番怖い」フウのホラーかと思っていると、夫婦生活をメチャクチャにした隣人が口にした発言の細部を繙いていくうち、実際に起こった禍事と彼女の言動との時間差に超常的な怪異を見せつけてオチをつけてみせる展開がいい。個人的には前半に描かれた、隣人の行動が次第次第に夫婦の生活をブチ壊していく逸話だけでも十二分に恐ろかったですけど、思わぬモノを持ち出して隣人の発言の真意に辻褄を合わせてしまう展開でまたまたゾーッとさせる幕引きは素晴らしいの一言。
「誰かの怪異」は、“出る”部屋でお祓いをしてみたものの、――という、ごくごくありがちな実話怪談かと思いきや、最後に狂人の論理にも通じるホワイダニットを持ち出して、怪異に見えた事象にロジックでオトシマエをつけてみせる技法は期待通りながら、ここではある人物があることをした動機にイマドキの癒やしを添えて、決して叶うことのない生者と死者の邂逅を描き出した趣向がとてもいい、――とはいっても、この癒やしもまたイヤミス作家である作者のこと、当然「癒やされたァ」で終わるはずもなく、最後の「禁忌」で超弩級の怪異へと転じてしまうわけですが。
そして最後を飾る「禁忌」において、一見するとバラバラに見えた怪談話の登場人物たちを相関させることによって、ある人物の影が滲みだしてくるところはもう最恐。作中でこの繋がりについて「何にせよ、一つたしかなのは、これで五話すべてを繋ぐ線が見えてしまったということだ」といい、それも「考えすぎですべてが繋がってしまっているように見えるのは本当に単なる偶然だという可能性もある」――そういってやんわりと怪異を否定しつつ「結局のところ、怪異というものが超常的な事象である以上、いくらそこに論理的説明をつけたとしてもそれは机上の空論に過ぎず、どこまで行っても明確な答えが示されることなどないのだから」と作者は受け流そうとする。しかし一度語られてしまった怪異は消えることなくそこにとどまり続けるわけで、作者は第一話のタイトルに絡めてそれを「それでも一度白い紙の上に垂らされた小さな染みを完全に消し去ることはできないのだ」としめくくります。
ロジックによって怪異を解体したかと思うと、さらなる事実が明かされることでロジックが逆に怪異を補強してしまうという螺旋的な結構で魅せる怪談話は、まさにミステリ作家である作者ならではのものでしょう。小野不由美、三津田信三に続く怪談作家の爆誕に、実話怪談の新作を期待せずにはいられません。超オススメ。
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