死神刑事 /大倉 崇裕

偏愛。かなり変わった風合いの短編小説。物語は、死神と呼ばれる個性的な警部補が無罪確定した事件を、相棒とともに再調査を行うのだが、――というもので、コロシに誘拐に痴漢冤罪と並んでいるものの、死神の調査手法はやや個性的。

冒頭を飾る「死神の目」は、フツーのコロシながら、容疑者と思しき人物がタチの悪いヤミ金から金を借りていたり、事件現場から大金が消えていたりと、金のセンから第一通報者である甥っ子を警察はアゲたものの、一年後の判決で無罪が確定。再調査をはじめた死神は裏情報源などを駆使してホイホイと手がかりを突き止めていくところから、読者にはどうにも推理の道筋が見えてこないのですけれども、読み進めていくうち様々な裏事情が明かされていき、煩雑に見えていた事件の構図が次第にハッキリと姿形をあらわしてくる展開が心地よい。

続く「死神の手」で相棒を務めるのは、上司から持ちかけられた見合い話に悩んでいる婦警さん。「死神の目」から一転して、彼女の視点から物語が進んでいくため読み口は軽く、ついついスラスラと進んでしまうのですけれども、夫殺しで無罪確定した事件の再調査は死神の精妙な気づきと足を使った再調査から、映画化もされたあの話っぽい思わぬ被害者の出現と反転を見せて幕となります。捜査の脇で相棒である彼女の内心を添えながら、彼女の見合い話にま微笑ましいオチをつけてみせたところも好感度大。

「死神の顔」は痴漢冤罪を扱ったもので、容疑者の無罪が確定したところから、痴漢の被害者であった女性に批判の目が向けられるものの、前の二編で描かれていた警察側と無罪を勝ち取った弁護士側との微妙な関係を軸にして、異様な動機によって描かれた事件の構図が明かされていきます。

個人的にもっとも驚き、断然好みと断言できるのが最後の「死神の背中」で、誘拐事件を大胆に扱った本編では、死神の相棒となった彼が以前は身内から事件の犯人と勘違いされていた、――という逸話から、妻を介護する彼の現在の日常を淡々と描きつつ、過去の事件の細部が次第に開陳されていくのですが、本格ミステリにおける誘拐事件の勘所は金銭の受け渡しという定石を絶妙な騙しとして、意想外な犯人を明かしてみせる傑作。

最初の「死神の目」や「死神の手」では、死神はなんとも得体の知れない薄気味悪い男……みたいな描かれ方をしていたのが、「死神の顔」では、後輩を成長させるきっかけをつくってみたりと、フツーにいいひとっぽい感じで描かれ、最後の「死神の背中」ではまったく印象が変わってしまっているのが面白い。「背中」のおどろくべき真相と相棒を務めた男の哀切がしみ入る幕引きから、続編があってもまったく不思議でないと思わせる完成度で、個人的には大いに気に入りました。

自分は作者の作品を告げるそれほど読んでいないのですが、コミカルさと優しさを併せ持つ特異な死神の造詣にすっかり魅入られてしまった読者のひとりとして、本作のシリーズ化を強く希望。オススメです。

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