傑作。これは見事に騙されました。交換殺人ネタで、ターゲットは四人。さらに犯人たちは実名を隠すためにニックネームで呼び合っている。物語は倒叙形式で、犯行の経過を子細に描き出してい……というところから、『容疑者X』以降の現代本格を読み慣れている読者であれば、作者の仕掛けは何となーく察しがつくわけですが、本作では探偵法月の迷走と犯人との頭脳戦がそうした仕掛けを巧妙に隠している結構がキモ。
一般的にイメージされる倒叙ものでは、細やかに描かれた犯人の犯行状況に何かしらのアラがあり、それが後半、探偵の推理によって明かされていくという、いうなれば推理の端緒となる気づきに注力した見せ方にポイントが置かれているわけですが、本作ではまず倒叙ものとはいえ、読者の前に明示される犯行状況は、ターゲットを四人とした交換殺人におけるその経過に過ぎず、四人殺しという完了までに時間の長さを伴う計画であるという趣向が素晴らしい。
すべての犯行を完了するまでには当然、アクシデントも発生するわけで、法月探偵の気づきのほか、事件の関係者にもほんのチョットだけ関わることになる人物の探りなども交えて、存外にアッサリとこの事件が交換殺人であることは明かされてしまいます。もっともニックネームで呼び合う犯人たちがターゲットを決定するシーンが冒頭に描かれているため、これが交換殺人であることは読者には明々白々で、中盤にいたるまで探偵はただ読者が知り得ている真相をなぞっていくだけなわけですが、読者に追いつくまでの探偵法月の迷走ぶりが微笑ましいナー、……などと考えていると、冒頭のシーンも含めて読者が見ていたものが最後の最後にひっくりかえされます。
法月探偵が迷走のすえに犯人を絞り込んでいき、ある仕掛けをもって犯人に挑むのですが、犯人側が複数であるがゆえの犯行の揺らぎを逆に利用して、迷走探偵と勝負する後半戦が本作最大の見所で、犯行「前」にいくつかの不確定要素を考慮に入れて、幅を持たせた計画に練り上げておくのではなく、複数編成であるがゆえ、犯行「後」に生じ得る揺らぎに探偵との攻防を絡めて奇襲に出るという犯人側の作戦はもとより、こうした犯人の行為と、ニックネームで隠されている人物の背景とに繋がりを持たせたキャラ描写も秀逸です。
こうした暗喩は最後の最後、さりげなく描かれていたあるアイテムとともに、犯人側の計画に揺らぎを生じさせるきっかけとなったある人物の姿を前景に押し出してみせることで、『キングを探せ』というタイトルに皮肉を効かせた幕引きにも活かされています。
重厚さよりは、迷走探偵と犯人側との攻防をスマートに活写した一編ながら、倒叙ものと交換殺人を重ねた巧緻な仕掛けの妙は一級品。法月探偵とともにウンウン頭を働かせながらフーダニットを云々するような作風ではないため、気軽に読み通すこともできる一冊ゆえ、ガッチガチの本格を所望する鬼でなくとも十二分に愉しめるではないでしょうか。オススメです。