ようやく体調も恢復しつつあるので、またブログを再開したいと思います。というわけで、今日取り上げるのは、『檻の中の少女』で第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞一田和樹氏の君島シリーズ第二弾。エピローグで壮絶な真相が一息に語られる破格の結構や、「少女」というタイトルに込められた極上の仕掛けが素晴らしかった前作に比較すると、本作はかなりオーソドックス。通俗的な方向に風格を大きく振りながらも、最後に反転を見せる盤石さや、前作に続いてやぶれさる探偵という趣向を凝らした結末など、安心して愉しめる一冊に仕上がっており、堪能しました。
物語をざっくりとまとめてしまうと、ガキんちょがアナーキストを気取ってネット革命を企むも、その陰謀の背後には二重三重の罠があり、……という話。ここにツイッターやセキュリティソフトなど、現代のネット社会を活写するためのネタを様々に鏤めながら、主人公・君島が姿なきテロリストとその背後に見え隠れする陰謀に挑戦していくわけですが、ネットの用語やジャーゴンがポンポン飛び出してくるものの、そのたびに明快な解説が付されているためビギナーでも没問題。今回はツイッターがなかなかに大きなネタの中心に据えられており、そこに謎のセキュリティソフトの出自なども交えてある陰謀が炙り出されていきます。
ツイッターの連携アプリにセキュリティソフトを絡めてみせたあたりは、フツーの人でも結構思いつくかと推察されるものの、いよいよテロの眼目が明かされたあとの、それへの対処法が秀逸で、あとがきメモの中において作者はこの方法が難しいのでは、という指摘をもらったとあるのですが、技術的云々としてはリアリズムに欠けるとしても、ガキんちょのテロリストと大人の対決という本作の対立構図を鑑みれば、結局子供は、大人のつくりだした「制度」と「ルール」の掌の上で踊らされているに過ぎないことを突きつけてみせたこの対処法の仕掛けは大いにアリ。
フツーのパニック小説であれば、虚無主義者を気取った後先も考えないガキんちょのテロを封じ込めてチャンチャンということになるのでしょうが、本作は本格ミステリであるため、そう簡単に終わる筈がありません。極上の操りが開示されたあと、またもや構図の反転がはかられ、タイトルの『漂流少女』の姿が浮かび上がる見せ方も素晴らしい。
ただ、この黒幕の黒幕ともいえる真犯人の見せ方は、破格の結構で魅せてくれた前作に比較するとややありきたりかな、という気もします。また、二転三転する構図を後半に用意した副作用として、この人物の影が作中を通してとらえどころがない、曖昧なものにも感じられ、人によってはこうした真犯人の見せ方をマイナスととらえる向きもあるのでは、と危惧されるわけですが、作中の時間軸と読者がいるこの現実の時間軸を重ねて、この人物の未来を仄めかしたエピローグは、個人的には本作で一番グッときたところでもあります。
この「さりげなさ」と、かの人物の影としての役割は見事に照応しており、ネット社会ならではの存在の希薄さとも相まって、不思議な余韻を残します。なお、本作にはアナザーストーリーとして、この人物の生い立ちと本作の後日談が綴られた物語があり、作者のサイトからパスワードつきで読むことができます。
このアナザーストーリーは、これまた賛否両論あるんじゃないかナ、という壮絶な物語で、前作との比較でいえば、本作を読んだあとで、この短編を読むのはアリかな、という気がするものの、個人的には重すぎて辛かった(爆)。より定型と通俗的な物語を好む方であれば、このアナザーストーリーに描かれるこの人物の生い立ちに眉根を顰めるも吉、でしょう。
なお、あとがきである「おわりに」には、このアナザーストリーの他にも「後日拡充したアナザーストーリーを有料配信する予定もあ」るとのこと。で、その際は「ツイッターで告知する」とのことなのですが、「へー。だったら俺もツイッター初めてみようかな。この小説ン中でも『ツイッターはなぜだか日本で非常に普及してい』るって書いてあったし」なんて、セキュリティも何もよく判らない輩にツイッターのアカウントをつくらせ、自分をフォローさせた挙げ句、最後に作中にも書かれていた「ツイッターのスパムを利用してスパイウェアを埋め込み」、リアルに「平坦主義者」を現出させ、オンラインとオフラインの境界線を取っ払った超絶小説を作者は目論んでいるのではないか、……なんて妄想を働かせてしまうのは(爆)、それだけ作中のネットに関する描写がリアルだったからでもあります。
前作とはちょっと趣きは異なりますが、前作を破格の「鬼畜小説」としてではなく、ネットと現代社会を活写した「ミステリ」として愉しまれた方であれば、ネット社会の病理と現代社会の宿痾を連関させた本作の趣向はかなり愉しめるのではないでしょうか。個人的な好みでは前作を採りますが、パニック、サスペンスの風格をより前面に押し出した小説そのものの面白さとしては、本作の方が上だと思います。