消えた島 / 西村 寿行

ちょっとまた数年ぶりに寿行熱が甦ってきていて、なんか読み落としていたモンとかないかなあ、……と探していて本作が眼にとまりました。テーマ的には、つい先日、数十年ぶりに再読した『鬼狂い』にも通じるものがあるものの、あちらは大真面目、こちらはちょっとフザけた感じで作風はハッキリ異なります。このカラッとした馬鹿馬鹿しさ、ちょっと『地獄』を彷彿とさせる。

物語は、末期癌で入院している男の前に、怪老人が颯爽と登場し、怪しげな薬を注射して立ち去ってしまう。この老人を殺人未遂犯として警察が動き出したものの、その行方は杳として知れない。一方、くだんの注射を打たれた男は、末期癌にもかかわらず痛みは嘘のように消えてしまっている。男は注射をしてくれた男を神とみなし、その成分はいったい何だったかのを探るため植物園に足を運ぶようになる、――とここまで前半のあらすじをまとめてみると、この男が主人公かと勘違いしてしまうのですが、さにあらず。ほどなくして男は事故にあってご臨終となり、怪老人の行方を探る刑事二人のコンビに焦点が絞られていきます。

ほどなくして怪老人に注射を打たれた男は、医産複合体のワルに事故死させられたことが明らかとなり、男を末期癌から恢復させた薬の争奪戦が隠微に展開されていきます。男を殺した医産複合体の背後に傭兵がいたり、ビックファーマーの手先となる植物ハンターの暗躍があったりと、このあたり、ふだんの寿行センセであればもっと激しい戦争シーンを開陳できたのではと思うものの、中盤からは、刑事を首になった二人のもとに、くだんの怪人から招待状が届き、いよいよ怪老人の本拠となる島へと潜入を試みるのだが、――と展開していきます。

刑事がやってきた後にも、次々と怪しい連中がこの島に上陸してくるのですが、これらはおしなべて医産複合体をバックに持つプロばかり。とはいえ、基本的には技術者で、人殺しを生業にする強者というわけではありません。果たしてこの島にこそ、例の薬の成分となる何かがあるに違いない、とアタリをつけた医産複合体の手先たちが島に自生する植物の採取を試みるのですが、彼らはことごとく島の呪力にとらわれて狂っていく。この島にひとりで住む怪老人の正体と、いったいこの島には何があるのか、――という謎が後半の物語を牽引していくのですが、それにしては甚だ動きがもっさりして退屈なことこの上ない。

とはいえ、ハードロマンではなく、幻想小説として読めばなかなかの仕上がりで、島に上陸した登場人物たちがことごとく幻覚妄想にとらわれてヒドいことになっていくなか、性に関する妄想もしっかりブチこんで、尻デカ巨乳の白人美女の奴隷となった日本人が「女戦士さま!」「女王様!」と首輪姿でひれ伏せば、白人女もこの妄想に絡め取られて「おまえたちは私の絶対奴隷とする」と宣告する、なんてシーンも用意されているところは秀逸です。

幻覚妄想の真相については、寿行式SF、とでもいうか……。「ちょっとこれって、もしかすると、『惑星ソラリス』にも通じる重厚なテーマだったりする、のかもしれない、かもヨ?」と思った読者は、すでにこの物語の醸し出す妄想に囚われているのかもしれませんが……。

寿行小説の中ではおそらく駄作の部類にも入るのでしょう。とはいえ、ビックファーマーや医産複合体など、コロナ禍以降の現実世界において、今や”絶対正義”として君臨する勢力に対して明確なノーをつきつけた『鬼狂い』とも、その点においてはテーマを同じく(この点については篠田節子『失われた岬』に重なる)する本作、そうした視点から読んでみるとちょっと違った感想を持たれるカモしれません。

鬼狂い / 西村 寿行

失われた岬 / 篠田 節子