失われた岬 / 篠田 節子

傑作、ながら作者の作品としては異色作カモしれません。ある夫婦がヤバげな宗教にドはまりして断捨離を極めた挙げ句、北海道の最果てで失踪してしまう。そこには地元民も訪れることのない曰くありげな岬があり――という逸話に加えて、IT社長が入れ込んだ地味女を捜して曰くありげな岬を訪れる受難や、ノーベル文学賞を受賞した作家の遍歴を巡る物語から、くだんの岬の背景を明らかにしていくという物語。

前半は一話完結のような話が続き、これだけでも十分作者の力量を堪能できる逸品ながら、野郎どもが岬の謎を解き明かそうとする冒険譚めく後半で印象がガラリと変わっていくところが興味深い。この前後半のギャップは『インドクリスタル』を想起させるものの、初出は「本の旅人」と「小説 野性時代」とあるので、おそらく一話完結の趣向を採った前章は「本の旅人」に、そして続き物としての後半が「野性時代」に連載ということだったのかもしれません。

岬の謎を宙づりにしたまま、人生の不可思議を描き出し、人間ドラマの抒情を添えた前半が個人的には好みながら、宗教めく思想の系譜から岬の過去が解き明かされていく過程で、作中の現在として描かれていく近未来がかなり恐い。隣国の土地買収や軍事的脅威、さらにはビックファーマと医産複合体の暗躍など、読者のいる「今、ここ」から未来へ線を引いていくと容易に想像可能な世界がバッチリ描かれているところが秀逸です。

また後者に関しては、医薬品と異なるある手法によってつくられたものがこの岬に秘密に深くかかわっていた事実を炙り出すとともに、そこから作者の宗教観・死生観にまで物語を拡げていく展開も素晴らしいの一言。また、この岬の正体の着想は『絹の変容』を彷彿とさせ、この岬に関わる人たちの繋がりもまた『仮装儀礼』で描かれた宗教的交わりのさらに先をいくものとも解釈可能――というふうに、作者の過去作に見られた諸要素を巧みに取り入れた趣向がタマらない。

前後半のギャップと、バッド・エンドめく悲愴な未来で幕引きとするあたりが評価の分かれるところでは、と推察されるものの、「今、ここ」から容易に想像できる落魄した日本の末路をジットリと描き出したホラー小説としても愉しめる本作。重量級の物語ながら、作者のファンであれば、本作で描かれたモチーフやその思想を満喫することができるのではないでしょうか。超オススメ。

インドクリスタル / 篠田 節子