殺人調香師 / 大石 圭

何しろ前作『地下牢の女王』がファンへの挑戦状ともいえる問題作・異色作であったゆえ、今度はかなりオーソドックスな作風でくるのではないかナ、と個人的には予想していたのですが的中しました。作者である大石氏がサイトでも述べているとおり、「典型的な「大石圭ワールド」」でファンは安心して愉しめる逸品に仕上がっています。

物語を簡単に纏めると、犬のような嗅覚を持つ調香師のイケメン君がある薫りを求めていくうち、とんでもない嗜好に目覚めてしまい、……という話。まず薫りと記憶を連関させたテーマは名作『アンダー・ユア・ベッド』を彷彿とさせるし、その薫りのする女を殺したあとアレしてしまうというあたりはこれまた『死人を恋う』、さらにはその薫りに惹かれる主人公が最期にたどり着く宿業については『殺人勤務医』を、……というフウに、大石ワールドに魅了されたファンであれば容易に想起できるモチーフがさまざまに鏤めてあるところがタマりません。

殺人を重ねていく過去と、ある宿命的な出会いによって主人公が破滅していくまでの経緯を淡々と描いていく現在を重ねた構成は、これまた大石小説では定番ながら、たとえばその殺しについては過去の描写よりは進行中の現在に比重が置かれていた『殺人勤務医』に比較すると、非常に内省的なものに感じられます。

実際、主人公が求めているその薫りについては、彼じしんもはっきりとした言葉で語ることができないほどに曖昧なものだったりするわけですが、ド派手な殺しの技巧を尽くして「現在」のシーンを活写してみせた『殺人勤務医』とは対照的に、「過去」の殺人については主人公の童貞喪失もふくめて意外なほどに淡々と描かれていきます。

本作ならではのこうした作風をやや単調と感じてしまう方もいるのではないかと推察されるものの、過去に比重を置き、さらには数々のシーンにあえて劇的な転調を排除した技法が用いられているからこそ、読者の意識は、作品全体を支えている大石小説ならではの悲劇的な宿業と、そこへ向かっていく展開に惹きつけられしまうわけで、内省的な雰囲気を前面に押し出した本作の風格を鑑みればこの淡々とした展開は必然ともいえるのではないでしょうか。

近作では『奴隷契約』のように、後半に主人公と対立する悲劇のヒロインの内的描写を挿入することで、二人の人物の異様なせめぎあいをスリリングに描き出してみせる――というような劇的な技法は敢えて用いず、湘南を舞台に雨のシーンなどをふんだんに凝らして静謐な物語世界を構築しているところは、動の極みともいえる壮絶な展開で後半に大爆発を見せた『地下牢の女王』と興味深い対比を見せています。

ある意味徹底的に今までのファンの期待とは違うベクトルで異様な世界を構築してみせた『地下牢の女王』から、大石ワールドのモチーフをふんだんに凝らして従来のファンの期待に応えてみせた本作でありますが、個人的には本作、『地下牢の女王』でやりすぎた後の小休止という印象で、また次作から新たな魅力を開拓した新・大石ワールドを爆発させるのではないかという気がしてなりません。

『地下牢の女王』の激しさと壮絶さにやや引いてしまった今までのファンでも安心して手に取ることができるし、また自分のようなやや偏執的なマニアであれば、様々なモチーフから過去作を思い出しつつその対比を愉しむという愉しみ方もできるゆえ、派手さはないものの、それが逆に通好みの一冊、といえるカモしれません。