偏愛。怪談マニアや本格ミステリマニアからすれば、”どっちつかず”の一冊に見えてしまうのではないかと危惧されるものの、個人的にはその絶妙が匙加減が素晴らしいと感じました。ジェントルで渋い、――とでもいうか。
いずれも幽霊事象を心霊探偵・濱地健三郎が解決するという物語で、収録作は、ホラー作家である旦那の変異を感じ取った妻の依頼から、彼に取り憑いている意想外な幽霊の正体が明かしていく「見知らぬ女」、首無し屍体の霊にまつわる殺人事件に本格ミステリらしいホワイダニットを凝らした「黒々とした孔」、訳アリの隣家に潜む幽霊の正体から、隠微な過去の事件が明かされる「気味の悪い家」、ラブラブカップルに変異が生じた日の出来事。その謎を探る「あの日を境に」、鉄壁のアリバイに捜査を阻まれるコロシは生霊の仕業なのか「分身とアリバイ」、ボクちんにだけボヤーッと視える霊の出現から隠微に進行する事件の様態を暴き出す「霧氷館の亡霊」、心霊探偵と助手が巻き込まれた過去からの幻「不安な寄り道」の全七篇。
とにかく怖がらせてやろうという怪談ではなく、幽霊の出現に何かしらのミステリ的な事件を絡めつつ、そこへさりげなく仕掛けを凝らした結構に、本格ミステリ作家ならではの技倆がいや光る一冊で、冒頭を飾る「見知らぬ女」は、ホラー作家に憑いているとおぼしき霊の正体を探る、――と、一見すれば非常にシンプルに見える展開ながら、出現する幽霊と取り憑かれている作家との間にマッタク接点が見つからない。それはいったい何故なのか、というところから、幽霊がこの男に取り憑いたホワイダニットを推理していくという趣向です。幽霊が現れるトリガーとなる「思い(念)」に、ここでは「思い(思考)」が重ねられているところが面白い。謎解きを通過しつつも、そのまま怪談から本格ミステリへと旋回するのではなく、怪談の余韻を残しながら本格ミステリ的な着地点へと読者を導いて幕とした趣向も素晴らしい。
「黒々とした孔」も、首無し屍体として見つかった女が幽霊で、――とこれまた定石通りの展開を見せながら、首無し屍体といえば本格ミステリでも定番といえる様態で、これがタイトルにも絡めた怪異としてそーっと現出して幕となるシメ方がとてもイイ。
本作は心霊探偵・濱地健三郎を主人公にして、幽霊”事件”に”謎解き”を加えた趣向で、本格ミステリ的な怪談へと仕上げた一冊でありますが、同時に、彼の助手ユリエの”成長譚”でもあります。どういうフウに”成長”していくのかは、読んでからのお楽しみとしておきますが、前三篇で描かれた事件に関わることによって彼女にある変化が生じます。その変化を美しくも恐ろしいラスト・シーンに結実させた「あの日を境に」は、収録作の中でもかなりお気に入りの一篇で、ラブラブだったカップルが旅行中のある出来事を端緒として、カレシの様子がおかしくなり、さらには二人の関係もギクシャクしてしまい、――という話。さりげない怪異はすぐそばにあるのですが、怪異の発端となった地に赴き、そこで明かされる意想外な幽霊の正体と、その霊を説得させて彼岸へと帰っていく情景の美しさを、助手であるユリエの視点から描き出したところが秀逸です。
そしてこのユリエの変化と成長は、最後の「不安な寄り道」において、怪談という以上に芳醇な幻想譚として結実するのですが、その前振りに「分身とアリバイ」に「霧氷館の亡霊」という、本格ミステリ的な事件があかさまに登場する二編を添えた構成が心憎い。
「分身とアリバイ」は、容疑者と思しき人物には鉄壁のアリバイがあり、これはもう、この男の生霊の仕業としか思えない、――という相談が警察側から持ちかけられる。果たして本当に生霊の仕業なのかどうか……ここにユリエのささやかな気づきをきっかけとして、本格ミステリでは定番ともいえるネタを投入しながら真相を暴き立てるという構成なのですが、これが「霧氷館の亡霊」と興味深い対比を見せているところに注目でしょうか。こちらは幽霊が視えるというボーイの証言から怪談として繙かれつつ、幽霊の出現によってはじめて、そこで隠微に進行していた事件が語られ、本格ミステリ的な帰結を見せます。
そして最後の「不安な寄り道」は、心霊探偵・濱地と、マリエの現在進行形の変化が交錯して、明快な怪談ともあるいは幻想小説としても読めてしまう一篇で、この曖昧さはガチな怪談ジャンキーなどには忌避される作風であろうかと推察されるものの、仏教的、科学的な知見も添えつつ、”視えているもの”と、”今ここ”の所在を繋いで、濱地とマリエの関係の発展(?)を予感させる幕引きが心地よい。
濱地のキャラの薄さもあって、自分はどちらかというと、マリエの視点から物語を追いかけていったのですが、この読み方は大成功で、こうすると「あの日を境に」で生じた彼女の変化が、最後の「不安な寄り道」へと着地したときの心地よい感覚を思い切り堪能することができるので超オススメ。作者のあとがきによると、シリーズ化もありそうなので、期待したいと思います。ガチな本格ミステリや、怪談ジャンキーご所望の怪談ももちろん大好物ではありますが、やはり自分はつくづく幻想小説が好きなんだなァ、……と本作を手にして感じた次第。
事件と推理と解決がありつつも明確な本格ミステリではない、そして怪異と幽霊が登場しつつも明確な怪談ではない、しかしながらも、双方の妙味を堪能することができる貴重な一冊ゆえ、二つのジャンルに対する先入観なしに取りかかれば、その魅力をよりいっそう味わうことができるような気がします。
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