歐幾里得空間的殺人魔 / 黒貓C

第五回島田荘司推理小説賞入選作。本作も先日紹介した『巴別塔之夢』と同様、コード型本格の様式に沿って書かれた物語なのですが、今フウな探偵の造詣も含めてこちらの方が多くの人に受け入れられそうな作風カモしれません。

物語は、二十年前に奇妙な自殺事件が発生した北欧フェロー諸島のミキネス島へ、皆既日食を見に訪れた香港の大学生と、パリのポアンカレ研究所に籍を置く天才数学者(幼娘!)の二人が不可解な連続殺人事件に巻き込まれる、――という話。

現場には首がないにも関わらず施錠された状態で、かつその建物の周りには死体発見者の足跡しかないという二重の密室であったことから、当時のボンクラ警察は勝手に自殺と処理してしまったものの、この島を訪れた天才数学者(繰り返しますが幼娘ッ!)はこの自殺事件に興味を抱き、香港の大学生でカメラマンであるボーイを従えて独自に調査へと乗り出します。で、ホテルのバーでさっそくコロシが発生し、さらには皆既日食と時を同じくして、過去の自殺事件を模したとかしか思えない首無し屍体がご登場。ダイイングメッセージめいた数学的暗号の意味するところや、このホテルにまつわる幽霊譚など、懐かしきコード型本格の骨法を完全明快に踏襲した一冊ながら、個人的に惹かれたのは、首無しの自殺屍体という”探偵小説的”リアリズム溢れる謎の様態が、論理によって幻想的情景へと帰結する謎解きでしょう。

例えば御大の作品で言えば、「山高帽のイカロス」が典型なのですが、「幻想味溢れる、強烈な魅力を有する謎」が「論理」によって”解体”される、――というのが、御大の「本格ミステリー宣言」に説明されている本格ミステリの一つの型といえるでしょう。実際「山高帽」では、空を飛ぶ男や、トマソン扉や、電車に引きずられた手首など、怪奇小説あるいは幻想小説の範疇で描かれるのが最適と見える情景は、探偵の論理によって、我々読者のいる日常的風景へと”解体”されます。しかし本作の場合、首のない自殺屍体という、”探偵小説”の中における日常の風景として提示された謎は、論理によって、「幻想味溢れる」風景として”完成”される、――ここに本作の奇妙な本格ミステリ的転倒があります。

こうした本作の趣向を、ポーのモルグ街への完全なる原点回帰と自分は受け止めたのですが、この論理によって”完成”される過去の犯罪様態の美しさに、70年代プログレッシブロックをはじめとする素晴らしいアートワークで一世を風靡したヒプノシスの絵画的美しさを見たのは、――ロートルの自分だけだろうなァ、……とこのあたりの感想をヤングの読者と共有できない哀しさはあるものの、個人的にはこれだけも十分に推しの一冊と評価したいところであります。

そのほかにも天才探偵の造詣に隠された秘密が最後にさらっと明かされる心憎い構成に、泡坂妻夫の某連作短編を想起してニンマリしてしまったのも、――これまたロートルの自分だけだろうなァ、……と、おそらくはヤングな作者でさえ知らない魅力をヤングな読者にどう伝えればいいものか、頭を抱えてしまうのではありました。

というわけで、三作の中でもっとも好きなのはといえば本作を挙げたいところですが、かといって本作が本賞の理想とする一冊であるかといえば、それについてはあくまで個人的感想ではあるものの、やはりノー、と言わざるを得ません。やはり本賞絡みで読みたい物語というのは、日本の本格ミステリ作家であればとうてい思いもつかないようなブッ飛んだ発想だったり、あるいは21世紀本格をはじめとする新たな創作技法に則って書かれた作品だったりするわけで、その点、こうして三冊を読了した印象としては、どうにも物足りないなァ、……というのが正直なところです。

まあ、『黄』に『H.A』というトンデモない作品がズラッと並んだ前回と比較してというのもありますが、次回は日本人の自分が度肝を抜くような発想の作品を読みたいなァ、と期待しつつ、果たしてこの三作で受賞するのはいずれの作品か、――23日の授賞式を待ちたいと思います。

なお、これから数日間はバタバタしまくるので、次回の更新は数日後ということで。

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