或るろくでなしの死 / 平山 夢明

本当に久々の平山ワールド。いつも以上に残虐、酷薄、悲哀、慟哭溢れる一冊で堪能しました。収録作は、誰からも無視される哀しき屍体への同情が奈落を引き寄せる「或るはぐれ者の死」、世界から忌み嫌われる一人の日本人の壮絶な死の一瞬までを描き出した「或る嫌われ者の死」、頭の足りない女を孕ませたワル男の視点から社会批判的な死を平山小説の筆致で活写してみせる「或るごくつぶしの死」。

「不治の病」の我が子を事故で死なせてしまった罪悪感にとらわれた親の不条理と狂気「或る愛情の死」、殺し屋と「ある目的」のために動物虐待を続ける娘っ子との友情が行き着いた悲哀の極北「或るろくでなしの死」、愚か者二人の悪戯がもたらした不条理な暴力の果て「或る英雄の死」、ある能力を持った男と極悪リスカ女との人外愛を描いた平山式恋愛小説の傑作「或るからっぽの死」の全七編。

冒頭を飾る「或るはぐれ者の死」は、道端に轢かれてペッチャンコになっていた少女の屍体を救いだそうと翻弄するルンペンを描いた一編で、付近の住人の誰もがその屍体を顧みないで無視し続けるという不条理が辛い。最後はある意味予定調和的な終わり方をするのですが、この他者への関心というテーマは最後の「或るからっぽの死」において変奏されるという、一冊の本としての構成が秀逸です。

「或る嫌われ者の死」は、おそらくは近未来の「日本」を舞台にした一編で、世界中から悪者扱いされている日本人の一人が死を迎えるまでの経緯を描くという趣向で、収録作の中では一番おとなしめ。実をいうと、「或るはぐれ者の死」の予定調和的な終わり方と、この「嫌われ者」のおとなしめな風格から、平山氏もちょっと日和っちゃったカナ、なんて一瞬思ってしまったのですが、大きな間違いでありました。

続く「或るごくつぶしの死」からが本番で、救いようのない登場人物たちによる残酷にして不条理な平山ワールドが炸裂、慟哭と悲哀は以前より五割増しくらいになって読者の胸を抉っていきます。おそらく見た目はフツーの若者っぽい男の語りで物語は進んでいくのですが、ちょっと頭の足りなさそうな女を妊娠させてしまったのが運の尽き。しかしここでは男はあくまで女を突き放したまま物語は最後まで進み、醜悪にして美しいという平山小説ならではの幕引きを見せてくれます。

「或る愛情の死」は収録作の中ではもっとも不条理を前面に押し出したヒドい一編で、壮絶な肉体破壊の描写こそないものの、「不治の病」に犯されていた我が子を事故で死なせてしまった夫婦の物語です。事故をきっかけに夫婦仲は一変、罪悪感を抱いて毎日を過ごしている家族の生活がささやかな狂気も交えて描かれていくのですが、唐突にある事実がこの二人に突きつけられます。このあまりに不条理して残酷な展開にはもう、呆然とするしかありません。ここにも「ごくつぶしの死」と同様の、醜悪と悲哀が醸し出す極北美をもって物語は終わります。

「或るろくでなしの死」は、お待たせしましたッ!とばかりに平山小説ならではの残虐なシーンが鮮やかに描き出されるという超絶な一編ながら、コロシを目撃されてしまった殺し屋にその目撃者である少女との哀しき友情が心に沁みる前半と、最後の仕上げとばかりに『メルキオール』の「びらびら(意味不明。でも読めば判ります)」再び、ともいえる凄まじいコロシのテクニックを披露する後半とのギャップが凄い。レクター博士も拍手喝采するであろうおぞましすぎる死の描写は恐怖小説というよりは、もう完全にファンタジー。

「或る英雄の死」はダメ男二人の逸話がボチボチ語られていくロード・ムービー風の展開が後半で一転、老婆への悪戯から因果応報ともいえるヒドい目にあってしまうわけですが、この拷問もそのテのモンが苦手な人にはかなりアレかもしれません。一応、その方法について詳しくは語りませんが、目玉関係のアレはもうダメッという人はそのシーンだけはチラ読みで流した方が吉、でしょう。かなりキテます。

「或るからっぽの死」は、収録作中、もっとも好きな一編で、アウトサイダー同志の哀しき愛を美しく描いた恋愛小説の傑作です。ある能力を持った男がその力の副作用とでもいうべき技巧で写真を撮ることに目覚めるのですが、ヒョンなことから死にたがりのリスカ女と知り合います。彼は彼女の願望通りに殺してあげることができるのか……。写真を巧みに活かした最後のシーンは美しくも哀しい。このシーンは是非とも映画で見たいなー、という思いも強く、平山小説中、スプラッターを除けば、個人的にはベスト・シーンかもしれません。またこの男の能力が「他者からの関心」に依拠しているという点が、冒頭の「はぐれ者の死」と共鳴としているところも素敵です。

というわけで、最初の二編で甘く見ていたら、いつの間にかグイグイと引き込まれてイッキ読みしてしまった本作、最初からフルスロットルといういつもの平山小説とはチと趣が異なり、おとなしめのスタートを切るものの、後半に進むにつれ物語はより激しく、より哀しく、より美しくなっていく結構が素晴らしい。平山氏のファンであれば本当にお久しぶりの新作という点でもマストですし、最初の二編はノンケの人でもまずはフツーに読めてしまうことから、平山ワールドの初心者でも没問題。ありきたりの小説がもたらす癒やしはもうウンザリ、というヒネクレ者であればあるほど満足できる逸品といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。