蟻の階段 警視庁捜査一課十一係 / 麻見 和史

これは素晴らしい。麻見ミステリといえば、『ヴェサリウスの柩』『石の繭』といったキワモノ・ダメミス系と、『真夜中のタランテラ』のような哀切系に分かれるわけですが、本作は後者の方。宵闇に金木犀の香りが漂う季節になると、『真夜中のタランテラ』のある人物のことをふと思い出してしまうほどに『真夜中』を偏愛している自分としては、それと作風を同じくする本作はまさにど真ん中の一冊でありました。

物語は意味深な小道具によって奇妙に装飾された死体が発見されたのと時を同じくして、退職刑事のもとに事件の犯人と思われる人物から電話がかかってくる。死体の装飾を自らの作品と嘯く犯人は、第二の犯行を仄めかし、――という話。

死体の奇妙な装飾に何からの意味を求めてしまうというミステリ読みの陥穽を着いた着想がまず見事で、本作の場合、このヴァニタス画を模したと思しき装飾の解釈を警察と真犯人との二重写した趣向が素晴らしい。第一の死体が発見された当初は、美意識の高いキ印の犯行かと思われたものが、警察OBである爺さんの登場によって、過去の冤罪事件が絡んでいることが仄めかされていくという展開もスムーズで、テンポの激しさで見せてくれた『石の繭』に比較すると落ち着いた展開ながら、本作では様々な意匠を解釈する過程の要所要所に巧みなフックが用意されていて飽きさせません。

「テーマを隠した絵画」であるヴァニタス画と死体の装飾を連関させる推理で進みながら、過去の事件が明らかにされると、その絵解きにはこの過去の事件の真相を推理することまでもが重なっていき、ある謎めいた人物の存在が浮上してきます。

『真夜中のタランテラ』もそうでしたが、事件の謎解きによって隠された人物の輪郭を描き出していくという趣向が本作の場合も存分に活かされていて、『真夜中』ではある人物のイッキ語りでやや性急に事件の真相を語り出していたのに比較すると、本作の場合は解釈の改変を繰り返していくなかで、謎めいた人物と過去の事件をじっくりと描き出していく落ち着いた構成が効いています。謎めいた人物の隠された属性が関係者の口から明かされた瞬間、過去の悲劇と犯人との曰くがタイトルにも示されている『蟻』と重なる外連も巧みなら、ここまできてもまだ最後に残された絵画の絵解きを事件解決後のエピローグとして用意してあるという贅沢な構成も素晴らしい。

またこのプロローグの中で、探偵のひとりであるヒロインがその場で犯人に語ってきかせた推理を一つの解釈に過ぎないものと退かしてみせることで、”絵解き”にとらわれた者たちの悲劇を浄化してみせた幕引きも洒落ている、――というかんじで、個人的には現時点での麻見ミステリの最高傑作といってもいい仕上がりの本作、『石の繭』で犯人とのテレホンプレイという微エロの魅力でダメミスマニアを驚喜させたヒロイン塔子タンの萌えポイントは、猫をもふもふしながら「――この毛並み。この尻尾。そしてこの肉球の感触がまた……」と一人語りさせるくらいがせいぜいという物足りなさながら、哀切系としては非常に完成度が高い一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。