猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数 / 北山 猛邦

傑作。”お馴染み”のクローズドサークルものながら、アンチ・ホームズとでもいうべき、現代本格的な転倒の企みに充ち満ちた一冊で、堪能しました。ただ、かつての物理の北山を偏愛するファンにチと物足りなく感じられるのでは、と推察されるものの、別の意味でしっかり物理の北山していますのでご心配なく(意味不明。でも読めば判ります)。

物語は、ちょっとした異世界の設定がなされてい、探偵や助手を目指す若モンたちが集う大学があって、とある名門ゼミに入りそびれた二人が超マイナーなゼミに押し込まれた挙げ句、かの名門ゼミの連中と孤島で合同研修をすることに。そこで連続殺人事件が発生し、頼りなげなゼミの先生(でもカワイイ)と共にコロシの連鎖を止めようと奔走するのだが、――という話。

のっけから奇妙な棺に入れられた奇妙な死体が見つかったり、コロシ方もシンプルな絞殺や刺殺でないところに犯人の独自性が感じられるわけですが、事件の序盤から早々にほのめかされるミッシング・リンクの真意も本作の大きな趣向の一つ。犯人の計画を先読みして、事件を未然に防ぐためには、このミッシング・リンクの謎解きを突き詰めていく必要があり、犯人の行動パターンはもとより、被害者候補となりえる参集した連中の動きまでを読んでいく必要があります。

本作では、犯人対探偵のほか、探偵学に秀でた秀才たちが被害者ということもあって、犯人対被害者という図式もあり、完全なる計画によって完全犯罪をもくろむ犯人と、それを崩そうともくろむ探偵や被害者達が様々な不確定な動きを見せていくという攻防が秀逸です。とはいえ、孤島のクローズドサークルという定石通りに、犯人はしっかりと計画を実行に移していくわけですが、ときには不発に終わり、またときには未遂となった事件の綾から、探偵が次第にミッシング・リンクの真意を突き詰めていく過程が面白い。

後半にはもちろん盤石な謎解きが用意されているのですが、フーダニットに関して意外とあっさりと明かされます。むしろ、ちらりと言及されていたあることがミッシング・リンクに大きく関わっていたことが語られていく後半の推理が本作の一番の見所で、事件の背景から犯人の動機、さらには探偵学を教える学校という特殊な設定におけるある役割の趣向等など、物語を構成するあらゆるミステリ的要素が強烈な転倒を見せる仕掛けは素晴らしいの一言。

さすがにネタバレになるので文字反転すると、ネットの普及によって完全なるクローズドサークルが成立しない現代においてクローズドサークルそのものを劇場化させ、被害者が犯人の”完全”犯罪を”計画”的に破綻させようとし、助手が探偵を操り、探偵が持つべき騎士道精神を助手が受け持ち、かよわい探偵の御守役となり、犯人が探偵を陥れて、事件を”解決”させようとし、さらには事件の発生を未然に防ぐことを旨とする名探偵だからこそ、その功績が表沙汰にならず、今回の事件の”失敗”によって図らずも名探偵であることが知れ渡る、――などなど、とにかくここまで徹底して反転を試みた物語の結構は見事というほかありません。

で、物理の北山テイストでありますが、確かに初期の大技を振るって読者をあっといわせる物理テイストはないものの、事件のキモであるミッシングリンクにおいてはしっかりと物理物理しています。果たしてこれが初期作の物理テイストに惚れ込んだファンを満足せしめるかはチと疑問、……ではあるものの、物理という意味では紛れもなく物理テイストゆえ、このあたりは脱力をニヤニヤに転化できる御仁であれば没問題ではないでしょうか。

秀才の犯罪をそのままトレースしたかのような、徹底して計算された反転の構図を炸裂させた本作は、新本格以降の現代本格風味を突きつめた成果の一つといえるのではないでしょうか。事件の一つ一つに凝らされたトリックの妙味にこだわる方にはピンと来ないかもしれませんが、本格ミステリならではの人工的な装飾が全体の構図へと奉仕した作風は、ここ最近の現代本格を読み慣れたマニアであれば、かなり愉しめること請け合いです。オススメでしょう。