論理爆弾 / 有栖川 有栖

論理爆弾 / 有栖川 有栖純粋に本格ミステリとして読むと非常にビミョーなこのシリーズ(爆)、今回はクリスティのアレとか、横溝のアレみたいな、ミッシングリンクに落人伝説がコンワチハという筋立てながら、本作最大のキモは、『論理爆弾』というタイトルとは裏腹に、ヒロインが真相を知った刹那に呟く通り「論理の欠けらもない。こんな謎、解けるわけがない」という仰天の構図でしょう。

犯人の狂気が本格ミステリの美学に反するものであるがゆえに、本格ミステリ世界の探偵には解けないけど、田宮榮一氏だったら解けた、カモよ? ――という、そういうものであるゆえに、厳格なマニアであれば噴飯もので壁本確定という一冊ながら、平行世界という特殊な物語設定の中で読者のいる現実世界とリアルな連関を見せる外連は秀逸です。

物語はというと、母の失踪に絡んだとある村を訪れたヒロインが、奇妙な連続殺人事件に巻き込まれ、――という話。この村には落人伝説があって、死体にもそれ絡みの装飾が施されていたりするあたりに仕掛けがあったりするわけですが、被害者が拝み屋婆に宮司に呑兵衛と、一見すると何の繋がりもないように見えるところから、新米探偵はこのミッシングリンクを探ろうと推理を働かせていきます。しかしこれこそが罠。ミッシングリンクの中に仄見える不連続性こそがこの事件の構図の縦軸で、ここに工作員の潜入事件という横軸を配して事件全体が不可解な展開へと転がっていきます。

犯行をタスク分散させた事件の見せ方そのものは既視感のあるものながら、工作員の不穏な動きと事件の不連続性がヒロイン危機一髪というシーンで繋がる後半の見せ場が素晴らしい。本格ミステリの探偵であろうとするがゆえに見事な敗北を喫するというほろ苦い結末が、ヒロインの成長譚というシリーズの中では見事に効いていて、次作を期待せざるをえない余韻を残すわけですが、母の失踪の謎に関してその緒は見えてきたものの、このあとどうやって母の所在を突き止めていくのか、――むしろ絶望の色が濃くなってきたともいえるわけで、この後の展開からは目が離せません。

本格ミステリとしては、ちょっとレトロっぽいネタの盛り込み方や、非本格ミステリ的であるがゆえに本格ミステリ世界の探偵には解けないという逆説的な構図をどう受け止めるかで評価が分かれるかと推察されるものの、ヒロインが探偵へと成長していく過程を綴ったシリーズ中盤の作品として見れば、そうした非本格ミステリ的な事件の経験が、探偵の存在を否定する本シリーズの世界と今後どのような呼応を見せていくのかという興味も湧いてくるわけで、次作を読むのが待ち遠しい。

シリーズを追いかけていないと世界設定の把握にやや戸惑うかもしれませんが、とにかく探偵の存在が否定された世界のお話と割り切って読み始めれば、訳アリ村での連続殺人という明快な筋立てゆえ、すんなりと物語に入っていけると思います。個人的にはシリーズの中では話の展開のダイナミックなところも含めて今のところ一番好きな一冊といえるかもしれません。