北の廃坑 / 草野唯雄

草野センセの鉱山モノっていったらやはり『死霊鉱山』みたいな怪作じゃないか、ってイメージしちゃうよネ? ……ってまあ、自分がそうだったんですが(苦笑)。結論からいうと、本作は怪作でもダメミスでもなくごくごくフツーの、昭和の娯楽小説。今回は古本ではなく、Reader™ Storeで購入したんでジャケ写はないんですが、このページのあらすじ紹介に曰く「著者の体験を色濃く刻み、一人称形式でサスペンスをリアルに盛り上げる冒険小説の原点ともいうべき佳品」とある通り、冒険風味が強いです。

この主人公が務める会社というのが相当なブラックで、どうも地方の某鉱山では本社に黙って不正が行われているようなので潜入して調べてみてほしい、という指令を受けるものの、あまり乗り気になれず、「かりに……わたしが辞退したとしましたら?」と口にした主人公に対して、常務が嘯く台詞がこれ。

あっはっはっは……と小野常務が笑った。しんからおかしがっているような笑いだった。「幼稚なことを言うやつだな。会社員にとっては転勤や出張命令は絶対的なものだ。昔の軍隊の転属命令と同じさ」

で、結局、荒くれ者どもが屯する鉱山に赴くことになり、チンピラくずれとタイマンをはったり、ワルに操られたノータリンに殺されそうになったりと、様々な危機に遭遇するもそれらを切り抜けていく展開など、すわ大藪春彦と船戸与一か、……とそこまで硬質な仕上がりではないのですが、主人公が秘密に近づいていくごとにさらなる危機が待ち受けているという期待通りの展開は娯楽小説の王道でしょう。

娯楽といえば、サスペンスだけではなく、昭和の香りがムンムンに感じられる本作では当然にお色気もアリで、鉱山ではしばらく女のぬくもりとは無縁の生活を送っていた主人公が女芸者を抱くシーンや、田舎娘だけどボインちゃんというヒロインといいカンジになって、「オッパイもみもみ」だけではく、「肉体関係ではオーラス」までいったりと、日々の仕事にクタクタのリーマンが気晴らしに読むにはもってこいという定食フウの仕上がりがマル。

確かに人死にもあって、この鉱山に採掘されているブツは何なのか、とか、この不正を働いている黒幕は誰なのかといった興味で物語を牽引していく縦軸はあるものの、謎の強度はそれほどではありません。確かに黒幕については意外な人物だったりしたのですが、そうしたミステリ的な興味よりも、サスペンスとして読まれた方が本作は愉しめるような気がします。

とはいえ、最後の最後でどうにも拙速な展開となって筆が荒れまくるあたり、安心の草野クオリティではあるのですが(爆)、最後のシメでは勧善懲悪メデタシメデタシとなったあと、ヒロインともいいカンジになって、――と、『リーマンだったら、ド田舎に飛ばされてさ、そこで男を知らない初で可愛い娘っ子とオーラスまでいきたいだろッ!』みたいな、日本の社畜男子の心奥を知り尽くしたサービス精神溢れる昭和の娯楽小説的風格は、昨今大流行の”萌え”とは異なる癒やしを、日々の仕事に疲れたリーマンにもたらしてくれるに違いありません。古本でゲットするのは難しい一冊ではありますが、こんなマイナーで普通に佳い作品が電子書籍で復刻されるのですから、良い時代になったものです。