傑作。一見フツーに見えるけどやっぱおかしいという石持ワールドの住人たちが、精緻なロジックによって斜め上の日常と異世界を見せてくれる好編がテンコモリ、という一冊で、堪能しました、――というか、本短編における石持風味の濃縮度が今回はハンパなくて、正直読了後は悪酔い状態(爆)。
収録作は、年増女の誘惑から発生した殺人事件に密室空間での推理と駆け引きが行われる「宙の鳥籠」、生半可な秀才ボーイが奇天烈学園の舞台裏に垣間見た異世界「転校」、陰気男がパンピー女たちに開陳した覗き魔の死の真相とは「壁の穴」、ボンクラ上司と冷徹女の手に汗握る巧妙な駆け引きと推理ゲーム「院長室」、青酸カリを巡る呪詛の響きに埒外からの気づきを添えたショートショート「ご自由にお使い下さい」、死体を前にして自殺志願の二人がまさに場違いな探偵行為を魅せてくれる「心中少女」、ゴキブリ退治が転じて夫婦の黒い推理闘争がハジける「黒い方程式」、怪異をそのまま怪異として石持ミステリならではの精緻なロジックが展開される表題作「三階に止まる」の全八編。
「宙の鳥籠」は石持ワールドではお得意の男女のエグい駆け引きに独特のロジックを添えた一編で、隠微な三角関係を重ねて、友人の死の真相を探っていくというもの。年増女に言い寄られていたボーイが困惑したのだが実は、――という構図は大いに既視感のあるものながら、男と女がいればセックスして当然ッ!という価値観をもとに明かされるあるものの動機や裏の構図のエグさは石持ミステリならではの気色悪さで、序盤からして作者の筆致はフルスロットル。
続く「転校」はエリートばかりを集めた学校にまつわるお話で、――というふうに異世界にエリートとくれば石持ミステリの奇天烈ロジックを大展開させるには格好の舞台。転校をめぐる噂に違和感を憶えた秀才ボーイが見た真相はかなり黒く、また過去を回想するという結構が巧妙なイヤ感を醸し出していて、何となーく諸星大二郎の漫画に出てきそうな気色悪さがこれまた心地よいという一編です。
「壁の穴」は女衆からは陰気臭くて何を考えているか判らないと見られていたネクラボーイが、友人の死をきっかけに一転して優秀な探偵ぶりを披露するという、青春ミステリであれば瑞々しい筆致で描かれるべき風格のはずが、覗き魔の汚名を注ぐというきっけかがそもそもアレだし、陰気探偵は様々な気づきを開陳して女衆を翻弄するわと、キワモノマニアとしては含み笑いが止まらない展開が気持ちいい。
「ご自由にお使い下さい」は青酸カリをめぐって警察が翻弄される前半をさらりと流しつつ、社会悪に対するブラックな心理を見せつけて想定外のフーダニットと構図で魅せてくれるという一編です。
「心中少女」は、面識のない二人が心中しようとする、――という今フウな展開を見せながら、決行現場に”先客”がいたきからさァ大変、という話。先客の死体を前に慌てず騒がず冷静に過ぎる二人がこれまた奇天烈で、場所を変えればいいんじゃね?という読者の内なるツッコミもモノともせずに流麗なロジックで突き進む後半がいい。最後にさりげなくエロっぽいところも添えたところはやや無理があるとはいえ、妙なところでエロが入るのもまた石持ミステリのご愛敬。
「黒い方程式」は、ゴキブリを見つけた主婦がスプレーでシューッという日常の光景がイキナリ暗転するという強引さがキモ。シューッとやったブツが実は、――という無理矢理さもまた『攪乱者』を知っているファンであれば多いに納得できるところで、トイレのドア一枚を隔てて夫婦の黒い駆け引きが展開していきます。ラストでこうなってしまうのは予想していたことながら、案外作者は「これまた夫婦愛の一つの形なわけであります」なんて指先で銀縁眼鏡を押し上げながら嘯いていそうなのがちょっと怖い。
「三階に止まる」は、初出を見ると『NOVA 5—書き下ろし日本SFコレクション』に収録された一編ながら、SFは苦手だけど怪談は好きだヨという自分としてはかなり愉しめた一編です。いつも三階で停止するエレベータの謎、――とこれだけを見ればそこにはあるものの意志が関わっているものと考えるのは本格ミステリ読みとしては当然ながら、今回は怪異の存在を最終的な認めたあとに展開されるロジックが見所。怪異の扱いによって本格ミステリの帰結点は大きく変わり、またそれによって作者の風格が出てくるわけですが、本作ではSF的舞台装置や設定を敢えて採らず日常の中の怪異としたからこそ、論理の結果として導き出されたあるものが最後の黒いオチへと繋がるという幕引きに繋がっています。傑作でしょう。
男女の気持ち悪い駆け引き、常人には受け入れがたい論理展開、社会に対する黒い悪意など、石持ワールドの濃縮エキスともいうべき一冊で、氏の作品をずっと追いかけてきたファンであれば十二分に愉しめるのではないでしょうか。短編ゆえに、長編であればさらりと読み流してしまうディテールも明確な気持ち悪さを放っているゆえ、イッキ読みすると悪酔いしてしまうカモしれません。イヤミスともまた違う作者の気持ち悪さを堪能するには格好の一冊といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。