ドラゴンフライ / 河合莞爾

ドラゴンフライ / 河合 莞爾 傑作。『デッドマン』で第32回横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビューした作者の第二作。前作も御大リスペクトが感じられる極上の本格ミステリでありましたが、今回はさらにパワーアップ。冒頭から繰り出される不可解な謎にはじまり、意味深な猟奇屍体や子供たちが目撃した謎の巨大トンボなど、大小を織り交ぜた謎が様々な逸話と密接に絡み合い、郷愁叙情溢れる人間ドラマを大展開させるという一冊で、堪能しました。うーん、偏愛であります。

あらすじはというと、――東京多摩川で発見された猟奇屍体は、内蔵を抜き取られ、黒焦げにされていた。この屍体の謎を追う刑事たちはトンボの里へと引き寄せられていくのだが、そこにはダム建設を巡る汚職が絡んでいて、――という話。こんなふうにさらっとまとめてみると、新本格以前の社会派ミステリっぽい風格に感じられるのですが、さにあらず。猟奇死体発見の前に語られる怪異によって読者の興味を惹きながら、この謎をすっかり放擲したかたちで物語が進み、後半、意外な繋がりを見せる構成や、事件関係者が子供時代に見たという巨大トンボの謎など、猟奇死体といった殺人事件そのものに付与されたフーダニットやホワイダニット以上に、御大リスペクトが大いに感じられる幻想的な謎の提示が魅力的。

また謎を出してただそれを解決してハイオシマイというだけでないところにも注目で、『占星術』を多分に意識した大きな謎で読者の興味を牽引していった『デッドマン』の結構に比較すると、本作では殺人にまつわる猟奇死体の謎を捜査するプロセスを開陳しながら、物語をサスペンスフルに展開させていく一方、幻想的な謎を登場人物たちの逸話に重ねながら、おのおのが心に秘めている思いをあぶり出すことによって作品のドラマ性を高めていく構成となっています。

特に後者においては、幻想という”謎”を推理によって解体し、”真実”を明らかにするという本格ミステリの定石に疑義を呈するかのように、「あるべき真実」という言葉を提示して探偵行為そのものが事件の関係者にもたらす悲劇を描こうとしているところがいい。

この作者の狙いは、猟奇死体の不可解な装飾を通じて捜査関係者に突きつけられていくわけですが、こうした趣向を本格ミステリマニアが書こうとするとやれ後期クイーンだ、操りだと妙な方向に流れていってしまうところながら、本作のベクトルはあくまで事件関係者たちの内心をじっくりと描き出し、物語の悲劇性を高めていくところに注力されています。

またトンボの里、ダムに沈む村といった郷愁を喚起させる舞台装置と趣向も見事で、謎を構築するための装置として十分に機能しているのみならず、ダム建設にまつわる汚職事件といった社会派的要素までも、本格ミステリとしての謎の提示と重ねてみせることで、物語の叙情性により深みを与えているところも秀逸です。

社会派的要素、本格ミステリとしての幻想的な謎、さらには探偵的行為への疑義や推理によって得られる真相の揺らぎいった現代本格的な狙いなど、様々な要素が盛り込まれていながら、物語の序盤から最後の手に汗握る展開にいたるまで雑然とした雰囲気が一切感じられないところなどはもう、奇跡的ともいえるわけですが、思うにその所以は、そうした要素のひとつひとつに強固な必然があるためではないかと思われるのですが、いかがでしょう。

たとえば捜査の過程においてさらりと語られていく巨大トンボの謎は、最後の謎解きにおいて、社会派ミステリを彷彿とさせる事件の背景と結びつくことでその正体が存外にあっさりと明かされてしまいます。しかし猟奇死体の謎や冒頭に描かれる怪異に比較すれば謎そのものは小粒ながら、事件関係者の淡い記憶のなかにある「あるべき真実」として存在していた謎が、事件の発生によって探偵の介入を許し、その結果として”真相”のかたちに解体されてしまう結末とは逆行するかのように、探偵たちが目撃したあるものによって、謎として存在していた本物が現出するという外連を最後の最後に見せてくれます。これがまた見事で、このあたりも個人的には本作を偏愛したくなる理由のひとつであります。

ジャケ帯には「警察小説の大本命、ここに現る!」とあり、本作は本格ミステリとしてはもちろん、警察小説としても大いに愉しめるということをアピールしているわけですが、探偵行為を受け持つのが特捜班という集団でありながら、個々の人物造詣も素晴らしい。本作の深遠なテーマでもある「あるべき真実」と対峙する刑事たちの強い意志と、未来の事件を何としても食い止めようとする彼らの果敢な行動には手に汗握ること間違いなし。

また警察捜査の描写も事件関係者の聞き込みをダラダラ続けるといった冗漫な展開を極力排し、中盤では強力な容疑者二人を登場させ、さらにそこから本命の真犯人との対決を期待させる後半へとなだれ込んでいく展開はまさにエンタメ小説の王道を行く結構で見せてくれます。シリーズものという点では俄然、イケメン君の過去が気になってしまうわけですが、このあたりも次作から徐々に明かされていくに違いありません。

正直ベタ褒めでありますが(爆)、ジャケ帯にある通りの「熱読保証の最強エンタメ作」である本作、御大リスペクトの作家としては小島正樹氏に次ぐ強力な新人の登場といっていいのではないでしょうか。事件の構図、外連、警察小説としての王道の展開などなど――、あえて過剰さに流れることなくすべての要素を絶妙なバランス感覚で構築した本作は、エンタメに注力したミステリ小説を所望の方には大推薦したい逸品といえるでしょう。オススメです。