江口敬写真展 “音のない言葉”@Art Gallery M84

江口敬写真展 “音のない言葉”@Art Gallery M84すでに一週間ほど前になってしまうのですが、東京銀座のArt Gallery M84での『江口敬写真展 “音のない言葉”』を見てきたので、前回の『Life is beautiful ー光の森ー』と同様、簡単ながら感想をまとめておきたいと思います。

自分が見に行ったのは初日で、こっそり夕方からのオープニング・レセプションにも参加してきました(爆)。今回の展示は『Life is beautiful ー光の森ー』とはがらっと趣を変えた作品が並べられてい、そのことにまず吃驚。『Life is beautiful ー光の森ー』は、SIGMA Merrillの潜在能力を最大限に引き出して、モチーフの解像と光線による破綻を一枚の構図におさめた風格が印象的だったわけですが、今回は解像よりもトーンを重視し、モチーフの輪郭よりは曖昧さを強調した作風が際だっています。

一見してそれらが『Beyond』に連なる作風であることは、氏の写真を追いかけている方であれば了解できます――とはいえ、今回の展示は『Life is beautiful ー光の森ー』を通過した後のものであることもまた注目すべきでしょう。『Life is beautiful ー光の森ー』は上に述べた通り、Merillが現在のカメラにおいては最大の武器とする”おそるべき”解像感を活かして、光を纏った森のモチーフを明確に表現した展示であったわけですが、そこには同時に、敢えて構図の中へ大胆に光を取り込み、壮大なフレアやゴーストを喚起させて構図の”明確さ”を崩していくという実験精神の萌芽がありました。そしてフレアやゴーストという”曖昧さ”のなかにもまた豊穣なトーンがあり、写真という魔術において明確さと曖昧さは表裏一体ともなりえることを、『Life is beautiful ー光の森ー』の展示は語っていたように自分は感じました。

翻って今回の『音のない言葉』は、何であるかもよく判らないモチーフを構図に据えたものも多く、合焦していないものが”ただそのまま”に一枚の写真へとおさめられているところが印象的でした。カラーは極端な原色に傾いていたり、またその一方でモノトーンにしか見えないほどに緻密な階調のなかへ眼を凝らすと、淡いながらもかすかに森の影が見えてきたりといったふうに、大胆な手入れの痕跡の感じられる作品には、写真というよりは絵画のよう、あるいは現代アートのような――という感想を抱かれる方もいるかもしれません。

しかしそれでもこれらの写真に対峙する者は、合焦していない曖昧な輪郭の中にそのモチーフの”そのまま”の姿を見、モノトーンのような色彩が素晴らしいプリントによって豊かな階調に支えられていることに気がつくのではないか。まったくの無から何かを生み出すのとは違う、写された”もの”がまずそこにあり、そこから現像の行程を経てその写された”もの”が纏っているものを引きはがしていく。今回の展示における現像は、一枚の写真を仕上げるのではなく、写された”もの”の本当の姿を明らかにしていくための行程だったのではないか、そして、写真が絵やアートへと転じてしまうぎりぎりの境界線を見定め、それでも敢えて写真にとどまろうとする――一見すると写真には見えない”写真”に、自分は江口氏のそんな強い意志が込められているように感じた次第です。

ともすればこうした実験的な作風には、作者の「主張」がうるさいほどに前面に出てきてしまうのが常で、それはまた写真という技巧が内包する恐ろしい罠でもあるわけですが、写そうとする”もの”の根源と本質を真摯に見つめようとする江口氏の眼は決してそうした陥穽に陥ることなく、写真を見るものの意識を、写されている”もの”に導いていきます。『Life is beautiful ー光の森ー』を経て、被写体を見つめるまなざしによりいっそうの磨きをかけ、『Beyond』での試みをさらに深化させた――そんな感想を抱かせる展示でありました。これは、オススメ。なお、本個展は今週の土曜日8月3日までとのことです。

名  称 : 江口敬写真展“音のない言葉”
展示作品数 : 20点(予定)
主  催 : Art Gallery M84
期  間 : 2013年7月22日(月)~2013年8月3日(土) ※休館日を除く
場  所 : Art Gallery M84
所 在 地 : 東京都中央区銀座四丁目-11-3 ウインド銀座ビル5階
電  話 : 03-3248-8454
開館時間 : 10:30~18:30(最終日17:00まで)
休 館 日 : 日曜日
入 場 料 : 無料
URL : http://artgallery-m84.com