偏愛。「エピソード S」とある通りに大ブームとなった『Another』の番外編ながら、風格はかなり異なります。ホラーとして受け入れられつつも、本格ミステリとしては綱渡り的な超絶技巧の炸裂した『Another』に比較すると、こちらは仕掛けもシンプルであるがゆえ否定的な感想もネットでは散見されるわけですが、それはちょっと違うんじゃないかなと思った次第で、このあたりは後述します。
物語は、海辺の別荘にやってきた謎っ娘・見崎鳴がある人物の幽霊と出会うことに。そしてその幽霊はかつて例の中学校であの理不尽な「災厄」を体験した人物で、――という話。
「災厄」に絡めた事象が、鳴とこの幽霊を邂逅させるきっかけになっていたりと、『Another 』を知っていればより愉しむことができる本作ながら、その実「災厄」のメカニズムや真相を知らなければ、むしろ「災厄」の不可解さ、不気味さが際だちより極上のホラーとして読むことができるという気配りが心憎い。
自分のように本作を”まず”本格ミステリの側に引き寄せて読もうとする読者としては、奇妙な幽霊が出現した時点で、まずこの幽霊という怪異を作品世界の仕組みとして受け入れるか、それとも事後、謎解きによって解体されるべき謎として見るべきなのかが試されるわけですが、『Another』という、ホラーとしては傑作、本格ミステリとしては傑作であると同時に問題作の番外編という位置づけから、こうした読者を巧みに誤導する仕掛けが秀逸です。
幽霊をあくまで作品世界に”実在する”仕組みとして受け入れれば、その興味は幽霊出現のメカニズムや、この幽霊自身の記憶がなぜ欠落しているのか、――そういった細部の謎へと興味が移行していくことになります。最終的にはこうした細部の謎にまつわる伏線を回収してみせることで、幽霊の立ち位置そのものを反転させてしまう趣向からも、本作はホラーとして読み始めつつも最終的には本格ミステリへと収斂していくものの、ここにいたるまでの読みの違いによって、真相が明かされたあとの感覚は異なるのではないかと思われるかもしれません。初読というのは一度しかできないわけですから、これについて明快な答えを用意できるわけではないのですが、個人的にはホラーとして読み進めていっても、この物語が幕を閉じた刹那の感覚は同じじゃないかな、という気がします。
というのも、――これは冒頭で少しばかり言及した本格ミステリとして本作を見た場合の「幽霊」の仕掛けやこの「事件」の真相に対する批判にも関連していくわけですが、この物語は最終的にはホラーでもなくミステリでもない、綾辻ワールドではちょっと見たことがないというほどに痛切な「愛の物語」へと収束するからです。
少なくとも「幽霊」となるにいたった「事件」の真相に関しては、この「事件」が引き起こされるにいたるまでにある人物の抱いていた痛烈な「おもい」が本作のキモであり、この「おもい」の向けられた対象が最終的に明かされた瞬間、「幽霊」の存在が了解されたホラーから、狂言回しともいえる鳴の謎解きを経て本格ミステリへと反転する物語は、動機という言葉で済ましてしまうにはあまりに痛烈なおもいを露わにした恋愛物語としての真の姿を明らかにすることで、ここで語られてきた逸話は『Another』という強度の重力を放つ異形の物語の『エピソードS』へと収斂していく、――この結構が素晴らしい。
本作を評価するには、これが独立した物語ではなく、『Another』を基盤とした番外編『エピソードS』であるということに留意しておかないと、本格ミステリ的な仕掛けを凝らした「幽霊」の謎や「事件の真相」に対する評価を見誤る可能性があることはここに指摘しておくべきかもしれません。
とはいえ上にも述べた通り『Another』を読まずとも、この非常に個人的な痛切な「愛の物語」の背後には、不合理な「災厄」を描いた『Another』の世界観が存在するということを頭の片隅にとどめておくだけで没問題。むしろ、この個人的な「愛の物語」の背後に大きな影のように立ちはだかる「災厄」とはいったい何なのか、――未読の方がそちらに興味をもたれるようであれば、本作の狙いは大成功といえるカモしれません。
本作の中では「つながり」という言葉が出てきますが、「幽霊」発生のメカニズムに関していえば、上に述べた『Another』の闇へとつながる「愛の物語」の「おもい」に重なるかたちでもう一人の人物の「おもい」がそれを現出させるにいたったわけですが、ところどころに挿入される会話のなかで語られる、子供から大人へと移ろう内心の揺らぎや、この「幽霊」の真相などに、『人形館』や『びっくり館』と同様の、強い楳図愛を感じてしまったはの自分だけではないと思うのですが、いかがでしょう。
子供から大人へのアレは楳図かずおの傑作長編のアレだし、幽霊とその騙りについてはやはり傑作長編のアレだよな、いやいや、幽霊を見ている視点からすれば、短編のアレにも通じるわけで、……などと、綾辻小説のみならず楳図かずおも偏愛する自分のような人間であれば、本作に凝らされた巧妙なウメカニズムを探してニヤニヤするのも一興でしょう。
繰り返しになりますが、大ブームとなった『Another』とはかなり風合いが異なる作品ゆえ、ホラーか本格ミステリかという単純な二分法で本作を云々したり、『Another』の番外編であることをスッカリ失念して、本作の「本格ミステリ」的な部分だけを抽出し皮相的な読みで済ませるのはもったいない。本格ミステリとして読み進めていったものの、その着地点は痛切な愛の物語を描いた「怪談」であった、――というのが自分の「最終的」な感想だったりします。ある意味、その版元と時代の空気から「怪談」として読むことも可能とされた『深泥丘』シリーズ以上に正統な怪談ともいえるのではないでしょうか。というわけで、本格ミステリ、ホラーという括りから素通りしていた怪談ファンにも強くオススメしたい次第です。