ミストレス / 篠田 節子

ミストレス / 篠田 節子『小説宝石』の「春の官能小説特集」に寄稿した中編を中心に収録した作品集。官能というだけあってかなりエロい描写も満載だったりするわけですが、そこは篠田ワールド。例によって、ダメ男に様々な女性像を絡めつつ、幽玄幻想にしてブラックな味付けを施した物語が素晴らしい。

収録作は、とあるコンサートホールで居眠りの最中に垣間見た妖艶な”幽霊”をめぐる美しき怪談の傑作「ミストレス」、低体温質な不思議チャンに惚れてしまったダメ男のブラックな末路を描いた「やまね」、バイク男の思い出を忘れられない女が禿げ旦那とのハネムーンの地であやかしの邂逅を果たす、これまた傑作怪談の「ライフガード」、戦士気取りのジャーナリズム野郎が傷心の帰国を果たした末に目の当たりにした奈落とは「宮木」、修道女の面影を秘めたオバはんへのプラトニックラブが無情な結末を迎える「紅い蕎麦の実」の全五編。

表題作の「ミストレス」は、コンサートの最中に夢うつつのなかで目にしたコンサートミストレスの正体を探っていくというミステリ的展開を見せる幽霊譚なのですが、さりげなく添えられた前半の伏線がうまい。件の幽霊の正体が最後の最後で意想外な真相とともに明かされる終幕も素晴らしいのですが、男がその場所でなぜこの女幽霊を見てしまったのか、というホワイの部分を開示することで、ある死者と主人公との心情の重なりを見せる趣向が秀逸です。世間体としては立派な人物でありながら結局その威光は幻に過ぎないという無常観が篠田ワールド。

「やまね」は、活発なカノジョとの社内恋愛でリア充ライフを満喫していた主人公が、不思議チャンに惹かれて浮気をした挙げ句、――という話。不思議女の不可思議な体質がこの物語を展開させていくための重要な鍵になっているのですが、アクティブな淫売とは異なる哀しき宿業を抱えたこの不思議チャンを、決して悲哀に偏ることなく主人公の恋人と対比させた書き方をしているところがいい。活発なカノジョとの充実した恋愛生活から一転して、不思議女との懶惰な半同棲生活へと堕ちていく展開が、カタストロフへと到る幕引きも無常観溢れる余韻を残しています。

「ライフガード」は、ツーリング中にエッチをしまくったバイク男の突然の死を受け入れることのできない女が、冴えない禿げ男と結婚を決意、しかしハネムーンの地でバイク男とそっくりと現地男と出会って、――という話。他人のそら似というありきたりのお話で終わるかと思いきや、突然の災難から物語は一気に幻想的な謎を提示した幽霊譚へと変容していきます。現実へ帰還しながらも、消えることのない幽霊の記憶が爽やかな読後感をもたらす怪談の傑作でしょう。

「宮木」は収録作中、もっともブラックな味付けが際だつ怪作で、物わかりのいい妻がいながらジャーナリストを気取ってテロリストが跳梁する危険地域へと赴いたダメ男が、女戦士と懇ろになって、――とこのあらすじだけで『弥勒』っぽい壮大な物語が大展開できそうなのですが、本編ではこのあたりはいっきに圧縮してさらりと語られるのみ。本編はこの女戦士が死んだあと、放心状態で帰国したダメ男の主人公が妻と邂逅したところから始まります。都内は一等地のマンションでずーっと旦那の帰りを待っていた妻が実は、……とトンデモない方向へと物語は展開していくのですが、男視線のフェティッシュな妄執を活かしたエロっぽいディテールや、黒幕の人物がアレだったりするところに寿行センセへのオマージュが感じられてニヤニヤしてしまったのは自分だけでしょうか。妻という女の立場を配慮した物語の構成などは確実に篠田ワールドなのですが、あまりに黒すぎる男の末路やエロっぽさに濃厚な寿行テイストを感じさせる本編はエロ目当てで読んでもかなり、イケます。

「紅い蕎麦の実」は、オバはんに修道女のごとき聖性を見てしまったノータリン男が、聖女オバはんとアーパーな娘っ子の間で煩悶するという話。まったく個性の異なる二人の女性の間で思い悩むという趣向は、「やまね」と同様ですが、こちらの主人公はそれなりの才能と運もある楽天家で、それがこの物語を軽妙に見せています。どんどん深刻な路線へと堕ちていく「やまね」に比較すると、こちらはオバはんの聖性の真相など、苦笑してしまうような味付けも相まって読後感は爽やか。あることをきっかけに憑きものが落ちたように主人公の意識が現実へ立ち戻る終幕は「ライフガード」にも通じます。

いずれもかなりハイレベルな中編で、上質な怪談あり、奇妙な味が黒すぎる奈落へと転じる怪作ありと、作者のファンならずともキワモノマニアであればなかなかに愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。特に自分のような寿行ファンは「宮木」だけでも一読の価値アリ。