非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 7号

非実在探偵小説研究会 ~Airmys~ 7号うーん、本号、今までの中で一番好きかもしれません。というのも、日本の本格ミステリ史上に残る大怪作にして大傑作である『涅槃城殺人事件―君が処女でも平気』が収録されているからなのですが、その他にも色々と素敵な作品もあって堪能しました。

収録作は、本格ミステリならではの破天荒な情景を活写して、このシリーズの美しい幕引きを見事に決めたリレー小説・紫陽花勝則『涅槃城殺人事件』、眼球をくりぬかれて雪だるまに埋め込まれているという猟奇死体の謎にお馴染みの銀河探偵が挑むシリーズ最新作・麻里邑圭人「眼球と雪だるま」、トリックの構築過程を偏執的に描いた方巧鉄文「獅子の檻」、ショートショート特集としては、マッドサイエンティストの妙薬によって、名探偵と犯人という二項対立を溶解させる田中大牙「名探偵薬」、ランプの精の謎解きがドグラ・マグラか、はたまた楳図かずおの某短編へとハジける狂気の一編、佐倉丸春「ランプの精よ」、時間の改変に名探偵というモチーフを重ねて、ショートショートらしい妙味を効かせた麻里邑圭人「探偵連続発狂事件」のほか、斉藤肇氏の特別寄稿「作家になって、その先に」、松井和翠「ミステリ通になるための短編小説100」、「二〇一三年度エアミス研ミステリランキング」、「私が偏愛するマイナー作品紹介」。

『涅槃城殺人事件』は、これまでの過去の号に掲載されたエアミス研のリレー小説、『君が処女じゃなくても平気』、『羊毛邸の殺人』、『美少女探偵 麻里邑麻里子』の完結編となるべきもので、過去の物語の登場人物たちが出演し、はては第一作『君が処女じゃなくても平気』にまで遡ってシリーズ全体の伏線を回収してしまおうとういう無謀さが素晴らしい、というか凄すぎます。あらすじをざっくりまとめてしまえば、覇王の死を知った塔子と麻理子が、歴史を改編しようと過去に逃亡した真犯人を追って、銀河邸連続殺人事件が発生する前へと時を遡るのだったが、――ということになるのですが、冒頭から”覇王”の襲名というモチーフを暗示させるべく、塔子たちが泊まっているホテルの名前が「ブージャム」だったりと、ダメミスマニアにも配慮したくすぐりに苦笑していると、第一作『君が処女じゃなくても平気』へと舞台は移り殺人事件が発生、中盤からはミステリでありながら、人形部屋などゴシック趣味溢れる雰囲気で進みつつ、それが後半、トンデモない方向へと捻れていきます。そしてホラー映画か友成かという悪趣味に過ぎるシーンから一転して、最終章では惚れ惚れするような名推理と伏線の回収、構図の反転が行われ、美しきエピローグで幕を閉じるのですが、――もう、これがこのシリーズの終幕はこうなるために用意されていたのではないか、いうほどの決まりっぷり。

それにしても不思議なのは、各人が各章を受け持つというリレー小説でありながら、前三作とは異なり、本作では不思議と第一章から最終章にいたるまでに章が移る際の変転が感じられなかったことで、――もちろん最終章まで仕上げたのち、全体のトーンを統一するべく、文章を含めて”ならし”が行われたのではと推察されるものの、各章の個性より全体の統一感が強く出ているような気がしました。こうした印象については、登場人物たちが過去のリレー小説でもお馴染みのキャラで、執筆者各人はそうした過去の物語を咀嚼した上で各章を書いたから、というのも大きな理由として考えられるわけですが、それにしてもこの統一感、――リレー小説としては奇跡的といってもいいのではないでしょうか。まるで何者かの力が働いて、各人が無意識のうちにこの最終章の超絶な幕引きに向けて書かされていたのではないか、そんな気さえしてしまいました。各人が書いたものと前の流れとの齟齬や脱線、逸脱を愉しむのもリレー小説の魅力であるとはいえ、本作に限ってはそうした脱線以上に、流麗な展開によって美しき最終章へと突き進む奇跡的な構成力を堪能するのが吉、でしょう。

それぞれの技巧一つとっても、たとえばレッサーパンダの帽子や、涅槃の住人ならではの特徴をふんだんに活かしたロジックや反転、そしてスケール感のありすぎる物理トリックの大盤振る舞いなど見るべきところは盛りだくさん。まさに奇跡的・歴史的な傑作と呼ぶに相応しい一編でしょう。

「眼球と雪だるま」は作者の銀河探偵シリーズの最新作で、眼球をくりぬかれた死体と、その眼球が雪だるまン中に埋め込まれていたという猟奇シーンに隠された犯人の企みを、平行して進められるある事柄に重ねることで隠蔽してみせた趣向がイイ、――とはいっても、この雪だるまに埋め込まれた眼球のホワイダニットは案外、多くの人が容易に見抜いてしまうカモしれません(自分も一瞬で見抜いてしまった(爆))。とはいえ本作では、そこからハウダニットへと繋げていくための道筋が通常のミステリでは閉ざされているところを、銀河探偵という本作のシリーズならではの設定によって納得のいく着地点を用意してしまったところが素晴らしい。また、これとは別に、事件が収束したあと、冒頭でかなりあからさまに描かれていたあることについて、意外な騙りの真相を明かして幕となる結びも洒落ています。個人的には銀河探偵シリーズでは、陸號に収録されていた「匣の中の少女」の方が作者らしい哀切と悲哀が際だつ作風で好みですが、ミステリの技巧という点ではこちらもなかなか。

「獅子の檻」は、容疑者の圏外へと逃れるため、奇天烈な仕掛けによって不可能犯罪を行おうとする語り手がそのトリックをつくりだす経過をつぶさに語ってみせるという倒叙ミステリの変形とでもいうべき構成ながら、実は自分、作者の試みをうまく理解できていないような気がします(爆)。「檻に囚われていた」語り手が、この奇妙な仕掛けを凝らすことで、名探偵を欺こうと試みるものの、――最後の一文はそうした犯人である語り手の敗北を意味しているのか、それとも、……というあたりが自分にはチと不明瞭というか……。方巧氏といえば、弐號に掲載されていた傑作「ファントム・ペイン」の印象が強烈なのですが、本作の構成はあちらよりも零號に収録されたいた「告発」に近しいかもしれません。「告発」は、”探偵”として推理を披露する語り手の行為が、哀切極まる真相告白によって、未来の”犯行”へと転化する仕掛けと構成が秀逸な逸品で、この仕掛けとともに冒頭にさりげなく描かれたあるものの死に凝らされた騙りが、語り手の隠していた内心の真相へと転じ、それが未来の犯行のホワイダニットへと昇華されるという、――これだけの短い物語の中に登場人物の悲哀をミステリ的な技巧によって描ききった構成の妙が印象的でしたが、あの作品に比較すると、本作では語り手の未来の”犯行”の背景が後半に説明されるものの、「告発」とは異なり、その心情告白はストレート。倒叙の変形という趣向の物語としては、「告発」の方が好みでしょうか。

「名探偵薬」は、奇妙な研究に勤しむ博士と助手という、昭和風味さえ感じさせる登場人物のやりとりながら、名探偵と犯人という本格ミステリならではの役割に着目してブラックなオチを魅せる一編。続く「ランプの精よ」は、まさに作者ならではの狂気が炸裂した一編で、探偵のたまごだった主人公が、ランプの精にとある事件の真相を尋ねるのだが、――という話なのですが、いったいどうすればこんなふうに捻れた話になるのか、この物語に描かれた事件の凡庸さに比較すれば、こんな狂気を孕んだ物語をものしてしまう作者の脳内こそが最大の謎というべきで、平凡な推理が転じてランプの精の悪意を爆発させる展開や、さらにはそれが夢野久作か、はたまた楳図かずおの某短編かと急転する真相、そして探偵女の奇妙な笑い声の擬音など、普通に見えながら実はすべてが狂っているという恐ろしい一編です。

「探偵連続発狂事件」は、「ランプの精よ」という狂気の世界を垣間見たあとにほっと一息つくことのできる一編で、名探偵というモチーフを丁寧に、またストレートに活かしたところは「名探偵薬」と同様の方向性ながら、こちらは新本格を通過した現代本格ならではのネタが活かされているところがステキです。

――と、長くなったので小説だけの感想だけになってしまいましたが、松井和翠「ミステリ通になるための短編小説100」は、作者の優しさや本格ミステリに対する真摯な探究心が感じられる労作。これも素晴らしい。また「作家になって、その先に」は昨今の出版不況下において色々と考えさせられるものでした。まあ、何はともあれ、本号は『涅槃城殺人事件』の奇跡的な仕上がりを目の当たりにするだけでも買い、でしょう。オススメです。