『藝文風』最新号に掲載された第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞入選者インタビューその一 『H.A.』の作者・薛西斯

台湾の噶瑪蘭島田荘司推理小説賞を主催する金車文藝中心発刊の『藝文風』最新号に、第四回の入選者である三人のインタビューが掲載されており、今回、金車文藝中心から許可を得ることができたので、その内容を紹介したいと思います。一応、ページ順にということで、まず最初は『H.A.』の作者である薛西斯嬢のインタビューから。薛西斯嬢は、台湾・高雄在住の25歳。インタビューにもあるようにライトノベル系文学賞の受賞経験もある実力者です。

『H.A.』の作者薛西斯のインタビューが掲載されている『藝文風』の表紙

  

第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞 決選作者インタビュー
薛西斯 作品『H.A.』

知略を凝らしたゲームはついにオフィスにまで 現実とバーチャルの総合格闘

今回執筆したこの作品は、一般的な本格ミステリーの「パターン」とはかなり毛色が異なります。敢えて困難な茨の道を自ら選択したともいえるわけですが、そもそもこの作品を書こうと思いたったのも、島田荘司先生の「本格ミステリーとは何か」という問いに対して自分なりの答えを示したいという気持ちからでした。同時に「果たしてこんな作品が本格ミステリーとして認められるだろうか」と考えてもいましたから、まずは一次選考を通過し、少なくともこの作品が本格ミステリーとして認めてもらえたということで、今は嬉しい気持ちでいっぱいです。

――他の文学賞に応募したことや、受賞した経験は?

2013年に角川ライトノベル大賞の長編部門で『托生蓮』が、そして第九回温世仁百万武侠小説の長編部門で『不死鳥』、そして第十二回連副宗教文学賞の短編部門を『九兆四千六百零八億』で受賞しています。

――本格ミステリーの執筆以外に、ふだんはどんな生活をしているんでしょう? やはり小説の執筆とはまったく違うことをしているんでしょうか?

とにかく小説を書くのが大好きなんです。本格ミステリーに限らず、頭の中には常にストーリーがありますし、それがどんなジャンルやテーマを扱ったものであっても、いろいろと挑戦したいという気持ちはありますね。ただ、どんな小説であっても、サスペンスや謎といった要素は加味してきました。最初に本格ミステリーの執筆を思い立ったときには、サスペンスなんてものはまったく考えてなくて、ただ「謎」そのものを書いてみただけでした。謎を色々と考えてみることが本当に楽しいんですね。
ほかにもゲームが好きですから、「文章ではなく、ゲームの趣向を用いた物語」を書いてみたいと考えたりもしています。普通の文章ではなくて、単にゲームのやり方でストーリーを進めていくような(訳者注: ロールプレイングゲームのようなものかもしれません)。ただ今のところ、そうした創作はできていません。

――他の主催者による推理小説賞に応募した経験は? あるいは出版社に直接、作品を持ち込んだことはありますか?

この作品は、私が初めて書いた本格ミステリーです。以前の作品はすべて本格ミステリーとは異なる賞を経て出版されたもので、出版社に直接に自分の原稿を持ち込んだりしたことはありませんね。

――『H.A.』はどんなインスピレーションによって書かれたのでしょう?

インスピレーションと呼べるようなものがあったとすれば、「新しいルールを創出して、そこから新しいトリックを生み出す」やりかたで小説を書いてみたいと思いついたことでしょうか。『H.A.』の物語の背景にはそうした発想があります。

――執筆をしている間、壁にぶつかったりしたことはありましたか? もしあったとすれば、それをどうやって克服したのか教えてください。

やはりトリックがなかなか思いつかなかったことですね。
『H.A.』では、三問の難題が出題されます。ただ、この作品を書き始めた当初の段階では、まだそのうちの一問と半分ほどしかできていなかったんですね。なので、書き進めていきながら、なかなか良いアイディアを思いつかないことで大変な苦しみを味わうことになりました。今の世の中、犯人が知略を巡らせた犯罪を行うことって、本当に難しいんだなあと溜息をついてみたり……。そこで、自分の作品に登場するのにふさわしい犯人像はいったいどんなものだろう、と改めて考えてみることにしたんです。トリックを思いつくのに一ヶ月も苦しんでいる私に較べると――彼は仕事を終えて、夕食をすませている三十分の間にふっとトリックを思いついてしまう、そんなかんじで――非常に賢いんですね。難しいことを克服するのに、何も特別なことはないんです。
書くことをためらっている間にも時間はどんどん過ぎていきます。それでも応募締め切りが刻々と近づいてくると、船が波止場に引き寄せられるかのように、ふっとトリックをひらめいたんです。本格ミステリーの作品に登場する犯人たちも、こんなふうに、いよいよ追いつめられたときには思わぬ力を発揮して、あんな不可思議な犯行方法を思いつくんでしょうね!

――個人的に好きな本格ミステリー作家や、あるいは他のジャンルでも良いのですが、教えていただけますか? またそうした作家からの影響というものはありますか?

本格ミステリーということであれば、一番好きなのは島田荘司先生(だからこの賞に応募したんです!)と京極夏彦先生ですね。
島田先生の多くの作品で描かれる謎はとても美しいと思うんです。私が本格ミステリーの作品の中で「謎そのものがこんなに美しい」と感じ、心が震えるほどに感動したのは島田先生の『占星術殺人事件』がはじめてでした。ですから今にいたるまでこの作品は私にとって一番のお気に入りです。
京極先生の作品に関していうと、島田先生の作品とはまた違った理由で好きなんです。言ってみれば、それは叙情性とか作品に漂う雰囲気ですね。京極先生の作品に惹かれる理由についてはずっと考えてきたんですけど、自分でもうまく説明できないんです。ただもう、彼の作品がとにかく好きっていうだけで。ですからそこから何を得て、どんな影響を受けたかということについては、うまく言えませんね。

――ペンネームがとても変わっていますよね。このペンネームの由来について教えてもらえますか?

ペンネームは、ペルシャ帝国の国王クセルクセス(Xerxēs)から採りました。Xの文字から始まる名前には威厳があるじゃないですか。これが王様ということになれば、威厳もいや増すというかんじですし――それでこの名前をペンネームにすることを思いつきました。

――以前に文学関連の学位を修得したことは? もしそうであれば、それが創作に与えた影響を教えてください。またそうでなければ、専門的な学問を修得しなかったことが創作の阻害要因となっているかどうかについて教えてください。

私は理科系出身なんです。でも、創作を行う上での基本的な能力については持ち合わせているつもりですし、理科系出身であっても、そうした背景が大衆小説の執筆に何か特別な影響を与えるかというと、それはないと思います。理工学部での経験は、もちろん私の創作における習慣に影響を与えてはいるでしょうけれど――たとえば、小説を書くにしても、時間や距離など、そうした細部に矛盾が生じていないか特に気をつけながら、慎重に原稿用紙の一枚一枚を仕上げています。それで書き終えたあと、それが自分で納得できるものかどうか自分に問いかけてみるんです。そこで自分でも満足できないところがあれば、それは苦しいですね。

私はとても筆が遅いんですが、自分のすべての作品に対しては格別の思いを持っています。それはいうなれば感激といったものに近いかもしれません。私は、自分の作品である彼女たちを書き上げている間、ずっとその物語に寄り添っていたのですから――。本格ミステリーを完成させるまでの道のりは非常に険しいものですが、私はこの作品『H.A.』にありがとうと言葉をかけたい気持ちでいっぱいです。そしてこの物語の旅をともに歩んでくれる皆さんにもまた感謝の言葉を捧げたいと思います。