この前のエントリ「『藝文風』最新号に掲載された第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞入選者インタビューその一 『H.A.』の作者・薛西斯」に続く第二弾です。今回とりあげるのは『熱層之密室』の作者である提子墨氏。ちなみに三者のインタビューですが、若干構成が異なっておりまして、薛西斯嬢の場合は、質問を行いそれに彼女が答えるという形式だったのですが、提子墨、雷鈞両氏の記事では、記者が内容をまとめたものとなっています。
第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞 決選入賞作者インタビュー 提子墨『熱圏の密室』
虚構の中に漂う真実
宇宙空間での密室という類い希なる独自性今でも自分の入選が信じられないという提子墨は、それでも自身が最終選考に残ったことについてはとても嬉しいと語った。バンクーバーフィルムスクールを卒業し、コンピューターグラフィックスや3Dアニメ、コンピューターゲームといった仕事に携わる彼にとって、そうしたものは同時に趣味でもあったという。ここ数十年の間に、挿絵や文筆関連の仕事にも関わるようになり、サンフランシスコやニューヨークの中国語雑誌でもっぱら旅行関連の記事を受け持つようになったことをきっかけに、海外への旅に刺激を見出すようになっていった。もちろん旅の経験は小説の執筆にも大いに役に立ち、今回の『熱圏の密室』で描かれた逸話の中にも活かされている。その多くは彼が訪れた国や都市であったらら、自らの経験をもとに筆を進めていくのはたやすかった。
本作『熱圏の密室』は、提子墨にとって初めてものにした本格ミステリーである。島田先生が提唱する本格ミステリーの定義に見合うよう、大気圏という宇宙空間で発生する二件の殺人事件「無重力密室殺人事件」を書くために、提子墨はおよそ一年半を費やして、各種宇宙関連の書物を読みあさり、宇宙飛行士の訓練を収めたビデオの鑑賞も行った。夜を徹してロシアのロケット発射の番組を視聴もし、宇宙空間での生活やその仕事ぶり、さらには各国の宇宙局の背景の研究に努めたという。『熱圏の密室』の構成とトリックの構想に着手すると、謎とストーリー展開のアイディアが浮かんできた。この作品を書くに当たって、本格ミステリーならではの構成にかなり心を配ったことについては、こうした彼の経験からもうかがえるであろう。
如時報文学賞や連合文学新人賞、BenQ華文世界電影小説賞など、いくつもの文学賞への応募に努めていくうち、彼は次第に自らが書くべきテーマや作風を見出していったという。わけても中編となる本格ミステリー「箴言12:22」が、第十回台湾推理作家協会賞の初選を通過し、入選にこそいたらなかったものの、選者の一人である陳浩基が選評でこの作品について様々な側面から肯定的な評価をしてくれたことには大いに勇気づけられという。これをきっかけに、提子墨は二年後の噶瑪蘭島田荘司推理小説賞に挑戦してみようと決意する。
『自分は絶対に一編の本格ミステリーを書いてみせる。その事件は「物理法則」や「自然法則」の及ばない、我々のいる空間とは異なったものにしたかったんです』提子墨はそう語る。
数年前にヒューストンの宇宙センターを見学し、カナダの宇宙飛行士であるクリス・ハドフィールドの『宇宙飛行士が教える地球の歩き方』を読んだ後、彼はこの小説賞に応募する作品の主な舞台を大気圏軌道上に浮かぶ宇宙ステーションにしようと思いたつ。実在する「国際宇宙ステーション(ISS)」との混同を避けるため、その名称は自分で考えたものとした方がいい。宇宙ステーションの内部構造を詳細に書き起こした図面をもとに、彼はそれに「地球宇宙ステーション(U.S.S.)」という名前をつけた。そうして『熱圏の密室』のインスピレーションは次第に小説の形をなしていったのである。
自分は決して宇宙マニアというわけではないし、無重力空間のような環境については詳しくない、と提子墨は言う。この物語の主人公に血肉を与え、ネット世代ならではのまじない師の造詣をつくりだすため、彼は、カナダの北方原住民保留地に住む友人のまじない師に繰り返し電話もして、魔術や気象についての教えを請うとともに、面識のない宇宙飛行士にネットを通じて様々な質問をしたりもしたという。
読者の多くは「提子墨」という筆名に興味を抱くに違いない。この点について彼は言う。「ワインを飲んで執筆をする習慣があるんです。『提子』という言葉は広東語で葡萄酒を、墨というのは自身が書いた文章の意味するので――つまり提子墨という筆名には、葡萄酒によってつくられた文章という意味が込められています」。
カナダに在住して二十数年になるが、台湾に生まれ育った提子墨は、自らの作品が最終選考にまで残ったことは、台湾人として非常に嬉しく、また大変な名誉であると感じている。