RPGスクール / 早坂 吝

RPGスクール / 早坂 吝前作『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』も、バカミスの趣向によって多重解決の技法に新たな活路を見出した傑作でしたが、本作もなかなか。物語の密度こそ前作に譲りますが、超能力やRPGなどという”飛び道具”を駆使して、異世界本格を構築した本作もまた刮目すべき傑作といえるのではないでしょうか。

物語は、幼馴染みを守れなかったというトラウマを持つ剣道ボーイの通う学校へ、超能力者が訪ねてくるも、この人物が不可解な死体となって発見されるや、学校全体はRPGの異空間へと変容する。この場を統べる「魔王」とは何者なのか、そして超能力者を殺したのか誰なのか、――という話。

RPGのルールが適用される異空間、――といっても何がなにやらですが、とりあえずRPGとかゲームとかにもマッタク明るくない自分でも、このパートは”それなり”に愉しめたので、こうしたものがよく判らないというロートルでも没問題。もちろんモンスターの襲来だのバトルだの、HPだの攻撃力、防御力、素早さ、武器、マイパーティーだの訳の分からない用語も交えて色んなモンスターが登場するのですが、実を言えばこのあたりのシーンは好美のぼるの『妖怪屋敷』みたいなモンだと軽く読み流しても、後の謎解きにそれほど実害はありません(爆)。

本作の優れているところは、こうしたモンスターとのバトルの最中に次々と明かされていくこの異空間のルールと、超能力の発動条件や縛りでありまして、これが後々、犯人特定のフーダニットやハウダニットに大きく絡んでくる趣向が素晴らしい。もちろんPRGという異空間のパートで明かされていく「魔王」の正体に関するフーダニットや、ゲーム世界ならではの皆殺しという発想に依拠した転倒のロジックなど、この中でもシッカリと見せ場を用意しているところは期待以上。

RPGらしい異空間ということで、どうしてもバトルの方に眼が行ってしまうのですが、言うなればそうした展開もまた、本格ミステリーとしてのフーダニットやハウダニットの解法に必要となる伏線を隠蔽するための作者ならではの遊び心ともとらえることも可能だし、何より、異空間から抜け出したあと、イチャイチャ探偵が夫婦漫才フウに語り出すロジックのネチっこいほどの緻密さが素晴らしい。主人公の気づきを端緒としながらも敢えてこの剣道ボーイの口から推理は語らせず、ひとまずこの探偵が枝葉も含めた推理の道筋をシッカリと整理整頓して読者にも判りやすく真相を解き明かしていく見せ方が心憎い。

ここで探偵は犯人を明かし、その”おまけ”としてホワイダニットも語ってみせるのですが、その経過で語られるバカミスらしい誤導が腑抜けた動機にそれなりの説得力を与えているところも秀逸で、ここからエピローグへと流れるうち、剣道ボーイの口からコトの真相と、その背後に隠されていた恐るべき事態が明かされる結構の素晴らしさ――。作者の恐ろしさは、真犯人の動機の中で語られるこの恐るべき事態と、真犯人の宿命とをあまりに”軽く”、”アッサリとした”筆致で描き出していることでありまして、これだけのことであれば、本来ならかなり紙数を費やしてその内実と当事者の内面を明かしながら”重々しく”描くことが、物語に深みとコクを与えるのでは、――と考えてしまうのですが、この作者はそれをあまりにさらりと書き流してしまう。

重いモチーフやテーマをここまで軽く書くことの意外な難しさというのは、あまりピンと来ないかもしれません。しかしながらこの軽さこそが通常の作家では持ちえない、作者ならではの強い個性でもあり、また後半に大展開される重量級の謎解きとのミスマッチも含めて、この作者の”軽さ”によって、作者は今後、本格ミステリーの「物語」に新しい可能性を吹き込んでいくような気がしてなりません。

実は台湾の某作と比較して、本作についてはまだまだ色々と語りたいことが山ほどあるのですが、これについてはまた機会があったら、ということで。いずにしろ、本作は『虹の歯ブラシ 上木らいち発散』とはまた違った味わいを持つ傑作といえるのではないでしょうか。文句なしに、オススメです。