殺意の水音 / 大石 圭

20151026-2大石氏の新たな代表作ともいえる傑作『蜘蛛と蝶』の後にリリースされた本作は、意外にも昔テイストの感じられる一冊でした。あらすじをざっとまとめてしまうと、漫画家志望のワナビー野郎がブチ切れてホテルで大虐殺を敢行するも、しかし――という話。

ごくごくありきたりの社畜生活を送っているリーマンとしては、日野日出志御大の足元にも及ばないようなボンクラホラーを書いて功成り名を遂げてやろうと息巻く主人公のアレっぷりにはマッタク感情移入できないばかりか、むしろこんな輩のストレス発散のとばっちりを受けてしまった彼ら彼女たちには同情するほかなし、……といったところなのですが(爆)、それでもホテル内での異変に気がついた警備員と、虐殺を続ける主人公とがランデヴーへと近づいていく中盤からの展開はさすがで、大石圭の作風の変遷を知らない読者であれば、ごくごくフツーのサスペンスホラーとしても愉しめるような気がします。

大石ワールドをずっと追いかけてきて、つい最近『蜘蛛と蝶』という傑作を読了した自分のような読者にとっての愉しみどころを”強いて”挙げるとすれば、主人公のすれ違いばかりの悲惨な過去と、現在の境遇とを交互に語りながら、次第に物語の時間軸が現在へと近づいていく構成のうまさでしょうか。上にも挙げた警備員と主人公の「現在」、そして主人公の「過去」と「現在」の二つが折り重なるようにして悲劇のゼロ地点へと近づいていく趣向は、さすが大石氏といった盛り上げ方で魅せてくれます。

一応、エロについて簡単に言及しておくと、近親相姦ネタというかねてよりのモチーフも後半にさりげなく添えられていることと、風俗嬢と主人公との疑似恋愛シーンに注目、でしょうか。しかしながらエロにしても主人公が目的を達した後の挫折でジ・エンドとなってしまうこの幕引きには絶望があるばかりで、ハッピーエンドも存在しないような、……あるいは才能もないのに漫画家を目指すというぬるい夢から覚めた「今」こそは、主人公にとっての真のハッピーエンドなのか、……いかんせん主人公の境遇と勘違いぶりが大石ワールドの住人してはちょっと、――というところから個人的にはかなりいただけない一冊となってしまったわけですが、正統な角川ホラー文庫の一冊として、大石ワールドをまだ知らない読者が手に取るには好適な作品といえるカモしれません。しかしながら、『蜘蛛と蝶』の余韻に浸っている作者のファンであれば、しばらく寝かせておいた方が吉、でしょう(苦笑)。

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