『遺忘・刑警』(『世界を売った男』)で第二回島田荘司推理小説賞を受賞し、傑作『13.67』の作者でもある陳浩基氏が昔昔にリリースした連作短編集。今こうして読み返してみると、連作短編としての結構に凝らされたこの仕掛けは『13.67』にもちょっと通じるような、――という気がします。収録作は、超常能力を持つ殺し屋・氣球人が暮らしているアパートに隣人が越してきてから発生する奇妙な出来事の正体とは「這樣的一個麻煩」、製薬会社のパーティーに医者殺しの殺害予告を受け取った警察が氣球人に翻弄される「十面埋伏」、後妻からの殺人依頼に氣球人が仕掛けた罠「謀情害命」、娘っ子とその弟が耳にした殺し屋の密談を頼りに、その正体を突き止めようとする「最後派對」の全四編。
「這樣的一個麻煩」は、氣球人自身が語り手で、彼が住んでいる郊外のアパートに隣人が越してきてから、大家の爺さんの廻りには奇妙なことが起こりはじめる。その様子を淡々と語りながら、氣球人が最後に明かしてみせるこのアパートの奇妙な事件の真相とは、――という話。本編は氣球人のお披露目とでもいうべき一編ゆえ、彼がどうやって人を殺すのか、その超常能力についての説明などがさらさらと述べられていくものですから、大した仕掛けもないだろうと高をくくって読み進めていくと、最後の最期に彼の口から明かされるコトにはチと吃驚。大家のお爺ちゃんに降りかかる災難の真相と、ある人物の正体が開陳され、最後に氣球人がその「腕前」を披露してみせるカッコイイ幕引きが秀逸です。
「十面埋伏」は、淡々と自身の生活を一人語りしていた「這樣的一個麻煩」とは一転して、殺害予告に翻弄される警察と氣球人との対決をサスペンス溢れる筆致でスピーディーに描き出した一編です。たくさんの警察の目をかいくぐって会場に易々と進入してしまう氣球人の神出鬼没ぶりは古き良き探偵小説の怪盗を彷彿とさせ、警察の裏の裏をかいて最後に自らの仕事を成し遂げるわけですが、その殺害方法に、彼の持つ特殊能力のキモが見事に活かされているところが素晴らしい。
「謀情害命」は再び氣球人の語りで進行する一編で、とある後妻から娘の殺害依頼を受けた氣球人はその仕事を請け負うものの、報酬については金ではなく、奥さんの体が欲しい、と意外なことを口にする――。「這樣的一個麻煩」で彼が信用のおけない語り手であることは明々白々、今度は何か仕掛けがあるだろうと読み進めていくと、計画通りに依頼者の女とともに見事標的を殺害したかに見えて、話は一転。思わぬ構図の反転を見せたあと、彼の口から今回の仕事の内実が明かされていきます。ここでも今回の仕事の報酬の形が違っていたことが、この構図を解き明かす巧妙な伏線になっているところが面白い。
最後の「最後派對」は、お爺ちゃんが大家をしているアパートへ泊まりにやってきた娘ッ子とその弟が、部屋の中で怪しい密談をしているところを聞いてしまう。どうもその話というのは、最近世間を騒がせている博物館員殺人事件に関連しているようで、その話を聞いてしまった弟は、その部屋の住人こそが噂の”氣球人”ではないかと疑い始める。そうして探偵行為を始めることになった二人はやがてタイトルの通りに、氣球人と「最後の対決」をするのだか、――という話。娘ッ子と弟が山の中で見つけた動物の大量死体など、「這樣的一個麻煩」で氣球人自身が言及していた逸話が見事な誤導となって、最後のどんでん返しに効かされている構成が素晴らしい。もちろん前の三編で描かれていた氣球人の様子から感じられる違和感から、これはどうも、……と眉に唾をつけながら読み進めていくと、「最後の対決」で勧善懲悪ともいえる爽快な帰結を見せる幕引きが心地よい。小さい子供二人が主人公というところからジュブナイル的な流れで見せながら、そうした作風への擬態が誤導の効果を高めているところなどは、ちょっと都筑道夫を彷彿とさせます。
「いかにも」なチープ感溢れるジャケからは想像もできないほど本格ミステリを極めた逸品で、長編というほどの長さではなく気軽に手に取ることができるゆえ、陳浩基氏の入門編としてもオススメできる一冊ともいえるかもしれません。
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13.67 / 陳浩基