罪人よやすらかに眠れ / 石持 浅海

罪人よやすらかに眠れ  / 石持 浅海あッという間に読み終わってしまった連作短編集。ちょっと物足りなかった一冊ではありますが、そのシンプルな構成はなかなか愉しむことができました。収録作は、いずれもとある館に迷い込んだ住人が、そこに居候しているとおぼしき美青年に心の闇を暴かれて茫然自失、――みたいなお話です。

冒頭を飾る「さいしょの客 友人と、その恋人」では、「二対一という永遠に陳腐な図式」の上で展開される隠微な犯罪構図がキモ。グテングテンに酔っ払った友人を介抱するためにお邪魔した館で、居候の男から自らが行おうとしていたあることをグサリと指摘された挙げ句、もう一つの、現在進行形の犯罪までをも暴かれてしまうという反転がシンプルながら見事に決まった一編です。個人的に惹かれたのが、この反転の端緒となる推理の伏線に使われていたブツ。一応の主人公となる人物が手にしていたコンビニ袋、――といえば、石持ワールドにおいては、「様々な使い道」があることはここで指摘するまでもないでしょう。コンビニ袋は“ザーメンの匂いのするティッシュを片付ける”ためだけのものではないことを教えてくれる本編は、まさにエロジックを知らないミステリ初心者で男女の交わりは未体験ゾーンという初な男の子にもさらりとオススできる一編といえるでしょう。

伯母さんを訪ねて一人札幌にやってきた娘っ子が道に迷った挙げ句、忘れたかった事件の内幕を居候男に推理されてしまう「2人めの客 はじめての一人旅」は、トラウマを植えつけるには年齢差別などナシ、というブラックな石持ワールドを垣間見ることのできる一編で、さりげない聞き取りから、会話の中に登場する人物の行為に違和感を添えて、忘れたかった事実を突きつける幕引きが相当にアレ。違和感の所在からするするとロジックを構築してみせる手際の良さが秀逸です。

迷い込んだ男のノラリクラリとした言動から、逃げ出したかった現実を推理してどうだとばかりに突きつけてみせる「3人めの客 徘徊と彷徨」もイヤーな読後感という点では、「はじめての一人旅」と並ぶ逸品でしょう。「はじめての一人旅」では沈黙が事件からの逃避になるのではというある種の救いが見られたのですが、ここでは館に迷い込んだ住人が「家に帰る」意外に選択肢がもうない、という悲壮な結末が恐ろしい。

「4人めの客 懐かしい友だち」は、忘れていた筈の記憶を、館の居候に引き出されて後味の悪い結末を迎えるという一編で、高橋克彦のようなホラー風味でも語ることのできそうな事件の真相が気持ち悪い。この前までは、本人が自覚していながらも逃避していたり、隠そうとしていた事件の一端を居候男に摑まれて、――という流れだったのが、ここでは「本人が自覚していない業まで拾うんですか」と館の住人までもが呆れてしまうほどの洞察力を見せる探偵の因業の深さを味わいたいところ。とはいえ、この「懐かしい友だち」は、館を訪れた客の会話や行動の端々にさしこまれたさりげない違和から推理を繙いていくという前編とは異なり、あるブツと過去の回想シーンが出てきた時点でほぼどんな感じの事件が過去にあったのかナ、とおおよその検討がついてしまいます。この傾向は、黄金期の探偵小説を読まれている読者ほど強いような気がします、――というか、このブツが出てきた時点で、「そういうこと」をイメージしてしまうことこそが、本格ミステリー読みの業なのかもしれませんが(爆)。

「5人めの客 待ち人来たらず」は、年上のコブつき女とデートの待ち合わせをしていたボーイが、そのコブとおぼしき子供を見つけるも女の姿がない、――というところから、件の館に誘い込まれてしまうのですが、女の目論見を明かしてジ・エンドだろうと軽く見ていたら、さらにもう一段、暗い結末が待ち構えており、後味の悪さで読者の肝を冷やしてくれます。「2人めの客 はじめての一人旅」もそうですが、昔昔はミステリで子供を無闇に事件に巻き込むのはよくない、みたいな空気があったような気がするのですが、そんなことも今は昔。気色悪い結末で読者をイヤーな気持ちにできるのなら、ジャンジャン使おうぜィッ、という作者の因業の深さをタップリと堪能できる一編といえるでしょう。

「さいごの客 今度こそ、さよなら」は、イベント会場での連続殺人、という陰惨な事件の謎解きを居候の美青年が行うというものながら、今回は迷い込んだ住人もかなり聡明な頭の持ち主、――しかしながら、理由のない嫉妬を孕んだ心の闇を見透かされてこの館に迷い込んでしまうという、女のネガティブな心中に焦点を合わせたところが作者らしい。事件の様態が連続殺人事件から変転を見せる構成は期待通りながら、その真相が探偵の正体へと刃を向ける寸前まで展開される趣向も面白い。この試みは結局不発に終わるのですが、これが本作の続編を予告するものなのかは不明です。

石持小説の中でもちょっとイヤーな気持ちをロジック主体のミステリで愉しみたい、なんていう屈折した御仁にさりげなくオススメしたい一冊といえるのではないでしょうか。

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