人間椅子 / 黒 史郎

人間椅子  / 黒 史郎本作は、「江戸川乱歩の世界を現代に蘇らせた大ヒットアニメを完全ノベライズ」とのことですが、自分はアニメのことはマッタク知らず、乱歩の『人間椅子』を現代版にアレンジしたモンだと勘違いして購入してしまった次第(爆)。とはいえ、内容はかなり満足度の高いものでした。

物語は、乱歩は読んでいるけどアニメは、――という自分のようなロートルにはマッタク意味不明の展開を見せます。舞台はネットもケータイもある現代で、小林少年や明智探偵、果ては二十面相なども名前は出てくるものの、小林少年は美少年ながら猟奇幻想に興味アリ、というちょっと倒錯した人物として描かれているところが現代風。それでこの小林少年がフと目を覚ますと、隣には首無し死体がゴロンと転がっていたからさア大変、容疑者として疑われ、ネットにも彼のことが囁かれる始末。そこへ探偵を名乗る明智が登場して、――という話。

乱歩の「人間椅子」を原案としているのであれば、当然キ印の椅子職人が登場して、――ということを期待してしまうのですが、本作では椅子職人が変態心を起こして特製の椅子をこしらえる、というのとはやや異なり、人間そのものを椅子にしてしまおう、という、どちらかというと平山夢明フウの趣向で魅せてくれます。そして本作の優れているところは、実際に首無し死体として発見された先生の正体が明かされるとともに、乱歩の「人間椅子」とはやや離れた展開を見せていたそのモチーフが、真犯人の正体が明かされるとともに乱歩のオリジナルへと回帰を見せる構成でしょう。この転倒には事件の中心人物の動機も深く関わってい、椅子を介しての主体と客体という関係がその動機の開示とともに大きな反転を見せる仕掛けは、倒錯したホワイダニットものとして本作を優れたミステリーたらしめています。

また古風な漢字を用いた文体を駆使して、おどろおどろさしさを醸し出す手記も凝っており、作中の事件の中心人物たちの思惑を交錯させながら、事件の全体像を明かしていく構成も心憎い。まったくのノーマークでしたが、この動機だけでも個人的にはかなりツボでした。アニメを見ることはないでしょうが(苦笑)、シリーズ第二弾、第三弾と刊行されるのであれば、是非とも追いかけていきたいと思います。乱歩信者のお気に召すかは未知数ですが、キモチワルイ死体と倒錯したホワイダニットをご所望の好事家であればかなり気に入るのではないでしょうか。オススメです。