楽譜と旅する男 / 芦辺 拓

地味ながらいかにも作者らしい遊び心に溢れた一冊でした。収録作は、昔昔に聴いたことのある音楽をボケの入った婆に聴かせて隠し財産の在処を探り当てようとする親族どものたくらみから秘められた過去が明かされる「曾父叔母オパールの物語」、郷土資料館でふと耳にした自動風琴の奏でる音楽。その作曲家の来歴から明かされる皮肉な事実とは「ザルツブルグの自動風琴」、蘭印での魔術的夜に出くわした奇妙な儀式の真相に迫る「城塞の亡霊」、とある音楽家の曲目に隠された秘密をあぶり出し、音楽による告発を行う「三重十字の旗のもとに」、為政者のつくりあげたオペラに隠された秘密を暴こうとする推理劇がイタコ芸へと爆発する「西太后のためのオペラ」、連作短編ならではの騙りの技巧を明かして長き時のラヴ・ロマンスへと結実させた「悲喜劇ならばディオラマ座」の全七編。

いずれも、いかにも作者らしい、――としかいいようのない、本格ミステリに幻想小説、ときには怪奇趣味も交えて、頭デッカチでコ難しい小説ではない、徹底して「物語」であろうとする風格が素晴らしい。基本的にはとある依頼を受けた楽譜探索人を脇役の探偵として、依頼された音楽の秘密を解き明かすという筋書きなのですが、冒頭の「曾父叔母オパールの物語」では、音楽そのものというよりは、楽譜に隠されたとある秘密を暗号小説めいた趣向によって展開させていく謎解きが秀逸です。難しい漢字にカタカナまじりのルビを添えてあるのが本作における作者ならではのたくらみなのですが、そうした和モノ指向を暗号解読に絡めてシッカリと決めた一編でしょう。

「城塞の亡霊」はホラー風味が濃厚な一編で、個人的にはかなりのお気に入り。戦争中、それも西欧から見たアジアの混沌とした暗黒面が活かされているあたりは、例えばE・L・ホワイトのアレとかをイメージさせる不気味さもあって、とてもイイ。とある儀式で行おうとしていたあることが、ついに見つけた音楽とともに明かされるシーンの気持ち悪さは完全に懐かしきホラー小説ではない、まさに”怪奇”小説のソレ。

「三重十字の旗のもとに」は、有名な作曲家が隠しているある過去を、楽譜を辿りながらその音楽に隠された”なきもの”をヒントに明かしていくロジックがいい。そこから開陳される真相の酷薄さはこの時代ならではのものとはいえ、かなり悲劇的。

「西太后のためのオペラ」だけは、怪奇趣味的なノリとは趣を異にする一編で、西太后のオペラに存在したとされる消失した「後編」の謎を明かしていくという筋書きながら、こちらは真相よりも、為政者がいいように事実を塗り替えてしまう横暴を物語によって告発してみせる芦辺チックな批評精神がキモ。後半にイタコの憑依現象をブチまけて映画シーンを盛り上げる展開もイカしていてかなり好み。

そして最後を飾る「悲喜劇ならばディオラマ座」は、連作短編ならではの構成に凝らされた趣向を開陳してニヤリとさせる好編で、物語”る”ことと物語”られる”ドラマの間隙を突いて、作者ならではの騙りの仕掛けが明かされる前半部が心地よい。確かに「探偵」とも「狂言回し」とも微妙に異なる楽譜探索者たる影の男の存在はどこか漠然としていたのですが、その影のごとき立ち位置を洒落っ気溢れる仕掛けへと昇華させた作者の手さばきは見事というほかありません。そこに本格ミステリらしい事件の謎解きも添えて、最期にはシッカリと過去のラヴ・ロマンスを”再開”させて幕とする上質な映画を見おえた後のような読後感が素晴らしい。

それともうひとつ。楽譜から立ちのぼる音楽が物語の主要な構成要素であるにもかかわらず、そこかしこに音楽を本格ミステリ、あるいは小説として深読みできてしまう批評精神がチラリチラリと姿を見せるところが作者らしい。例えば、

批評家たちは、その謎解きに夢中になり、そこからの”発見”にはしゃぎ、彼ら自身の空理空論を引きずり出しては対照し、大喜びしたものだった。

批評家たちが、あんなにも熱心に捜し求め、現に発見した数学的整合性や、象徴性、その他もろもろの要素は何一つ感じ取ることができない。それらは、ただ楽譜の中に存在しているだけで、音楽として聴こえてくるものではないのである。

移り気な批評たちはといえば、また新たな空理空論のネタ元を見つけ、今度こそはうまく設け話につなげようと心に誓いながら、彼のことなど忘れ去っていった。

いずれも「三重十字の旗のもとに」からの引用ですが、「コ難しい空理空論より何より、上質な物語を! ドラマを!」という作者の雄叫びが聞こえてくるようで微笑ましい(爆)。

ロマンスに怪奇に冒険に謎ときにと、かつての小説が持っていた無類の面白さを作者の得意の手法によって、ギュギュッと凝縮してみせた連作短編集。作者のファンであればきっと愉しめるに違いない一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。

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