短編集。『スタープレイヤー』の二冊や『金色機械』など抜群に読み応えのある長編が続いたせいもあって、恒川氏といえば長編、という印象が強くなっていたのですが、本作を読了して、短編もしみじみ佳いなァ……と感じ入った次第です。
収録作は、不思議な貌のない神が統べる異世界の村へと迷い込んだ主人公が体験する物語「無貌の神」、曰く付きの天狗の面から立ちのぼる奇譚「青天狗の乱」、死に神にロックオンされてしまった娘っ子が殺戮の旅を続けた暁に見た真相とは「死に神と旅する女」、ディストピア風の閉鎖された町の秘密を語り手の爺が孤軍奮闘の末に辿り着いた奈落「十二月の悪魔」、空から堕ちてき”風人”の語り手と少年の交流を恒川流のポエジーで描き出した「廃墟団地の風人」、人語を解する獣とお姫様との壮大な物語を大胆に圧縮しイッキに”物語る”作者の技巧が冴え渡った傑作「カイムルとラートリー」の全六編。
冒頭を飾る「無貌の神」からして、不気味で不可思議な作者らしい物語世界をタップリと味わうことができます。現実世界の時間軸から独立した異世界の村には顔のない神がいて、その神を倒したものが今度はその神に成り代わるという奇妙なしきたりが構築されており、主人公の世話をしてくれた女性が新たな神となったことをきっかけに、彼もまたその神を倒そうと決意するのだが、――という展開が、異世界の向こうから橋を渡ってやってきた人物との出会いによって捻れていきます。この異世界のしきたりを、卓袱台返しにも似た意想外なやりかたでブチ壊し、外へと脱出を試みる主人公のその後についてさりげなく仄めかすだけの幕引きが心地よい。
「青天狗の乱」も、島流しにあった連中への土産物にと天狗の面を託された主人公が耳にした話を語り聞かせるというフォーマットながら、件の天狗の面を絡めて出来する事件の因果が判ったような判らないような、……この宙づりされた割り切れなさが恒川マジックによってふわりとした奇譚へと昇華される手際が秀逸です。
「死に神と旅する女」は、道端でヒョンなことから死神としか言い様のない不気味男に魅入られてしまった娘っ子が、男の言われるまま人を殺し続けて旅をする、――という話。正体不明の人物の命令によって人を殺し続けるといえば、大石圭の『人を殺す、という仕事』を彷彿とさせますが、あちらが事実なのか語り手の妄想なのかを曖昧にしたまま物語が悲劇的な方向へと進んでいったのに比較すると、こちらは恒川ワールドゆえ怪談奇談と読者も了解した上で読み進めていくに違いなく、最後の最期で死神の正体とおぼしきものと、二人の旅の真相が繙かれます。旅の終盤で男が娘っ子に示した”贈り物”の真相など、SFっぽいくすぐりも添えて幕引きとなる構成が心憎い。
「十二月の悪魔」は、小池桂一の『ウルトラヘヴン』で大開陳された幻覚世界を大爆発させたようなディストピアの描写がキモ。語り手を捕まえようとする警察権力めく人物たちの会話など、マンマ『ウルトラヘヴン』から抜け出してきた官警じゃないノ、というところも微笑ましい。主人公の英雄めいた行いのすべてが妄想へと収斂していく久作チックな奈落の据え方など、恒川ワールドの酷薄を大胆にフィーチャーした逸品です。
「廃墟団地の風人」は、”風人”と語り手が口にする堕天使とも幽霊とも形容しがたい主人公の出自の造詣が素晴らしい。語り手と少年二人の交流に、”風人”の存在を知る人物の介入によって、語り手の心象風景に閉じていた物語が、少年の危機を救おうとするヒーロ譚へと転じていく展開、そして最期の主人公の決断と「その後」の物語を仄めかした心地よい読後感もいうことなし。
「カイムルとラートリー」は、人語を解する獣の視点から、お姫様との出会いに始まり、長い旅路の行く末までを一気に圧縮して語りきった傑作です。凡百の作家であれば、『スタープレイヤー』にも通じるようなこの壮大な物語世界をもっとモット活かして大長編を書いてやろうと考えるに違いありません。しかしながら、作者はそうした誘惑をすべて退けて、様々な逸話をも刈り取って語り手の獣とお姫様との二人の交流に焦点を絞って一息に物語を最期まで進めてしまいます。それだからこそ光る幕引きの潔さと美しさに感動、感涙必至という傑作でしょう。
というわけで、いずれも捨て作なしという短編集で、作者のファンであればまず文句なしの買いの一冊といえるのではないでしょうか。個人的には『スタープレイヤー』シリーズの続きを早く読みたいなァ……と気持ちが強いのですが、短編もまた悪くないと感じ入った次第です。オススメでしょう。
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