許されようとは思いません / 芦沢 央

連城ファンとA先生のファンは必読。以上ッ! ――と、これだけで感想はオシマイ、としてもいいくらいの逸品でした。異様な動機や逆転の構図はまさに連城ミステリを彷彿とさせ、さらには破壊力抜群のイヤミスぶりなど、A先生を神と崇める好事家にもオススメできる傑作短編集です。

収録作は、村八分にされた挙げ句、旦那を殺した祖母の骨を実家の墓に入れるためにと訪れた孫夫婦が祖母の真の思いへと辿り着く表題作「許されようとは思いません」、誤発注をやらかしてしまった営業マンが奈落へと堕ちていくA先生直系の悪夢劇「目撃者はいなかった」、芸能デビューした孫娘が一番大事と嘯く過保護婆が狂気のロジックによって罰せられる「ありがとう、ばあば」、あることがきっかけで精神崩壊を極めていく女の末路にアレ系の仕掛けが炸裂する「姉のように」、グロ絵画家の女に魅入られたオバはんの昔語りから画家の狂気が繙かれる「絵の中の男」の全五編。

いずれも「いやだななあ……怖いなぁ……」と思っている方へとズンズン進んでいく展開がイヤ気持ちイイ物語ばかりで、冒頭を飾る表題作「許されようとは思いません」は、まずもって祖母が人殺しでかつ村八分にされていたという日本の田舎あるあるの逸話が恐ろしい。淡々と話す語り手の孫には理解のある嫁候補がいて、そのカノジョとともに村八分にされていた祖母の骨を菩提寺に納めるための久しぶりの実家帰りをするところから、祖母はなぜ旦那を殺したのかというホワイダニットが明かされていきます。その論理は田舎ならではの狂気を孕みながら、本作では祖母にまつわる二つの事件、すなわち旦那殺しと村八分を併置させることで、この真相へと辿り着く道筋を読者の意識から隠し去ってしまった趣向が素晴らしい。

「目撃者はいなかった」は、まず冒頭、上司から褒められて鼻高々というところから、誤発注が発覚し、いっきに奈落行きのバスへ強制乗車させられる展開が恐ろしい。リーマン的には股間が縮み上がるほどの恐怖を開陳しながら、主人公が自分のミスを隠そうとした行為か裏目に出て、悪い方悪い方へと転落していくところはA先生の生き霊が憑依したんじゃないかと思わせるほどのイヤーな筆致で魅せてくれます。主人公が抱えるジレンマですが、コレ、犯人がコレをしてああして警察にはこうだと主張する短編が連城の小説にあったなァ……なんてことを考えながら読み進めていくと、最後はミステリ的な仕掛けも放擲して、完全なる奈落堕ちでジ・エンドとする作者の豪腕には戦慄するばかり。

「ありがとう、ばあば」は、芸能デビューした孫娘の可愛さゆえ、すべてを孫娘ファーストで物事を進めようとする婆にブラックな鉄槌が下される逸品で、「目撃者はいなかった」を読み終えて心肺停止寸前のリーマンの箸休めにも好適な一編です。今までなんでも自分のいうことを素直に聞いていた孫娘があることをきっかけにトンデモない行為に出るも、その理由がまったく理解できずに惑乱する婆が狂った頭をフル稼働してロジックを展開させる中盤以降の展開がとてもイイ。孫娘の可愛い可愛い笑顔の背後に隠された無垢な動機が、作中でさらっと触れられていた逸話から明かされるにいたって、子供ならではの狂気にも納得至極、婆を地獄送りにする爽快な幕引きも素晴らしい。

仕掛けという点では収録作中、もっとも冴え渡っているのが「姉のように」で、とある新聞記事の引用から始まり、犯罪者の姉に苛まれて精神を崩壊させていくヒロインの描写がイタ怖い。もう駄目だろ、オシマイだろ、……と主人公の狂気の行く末を見守っていると、唐突に傍点付きで明かされる真相には見事にヤられてしまいました。これまた連城ファンだったら驚くと同時にニヤリとしてしまうこと請け合いの傑作でしょう。

「絵の中の男」は、絵の鑑定人なのかナ、と思っていたら語り手の意外な経歴が明かされていく趣向から、ある天才画家の夫殺しの真相を繙いていくというもの。その構図は「許されようとは思いません」と相似形をなし、女流天才画家をドラマの中心点に据えつつ、なぜタイトルが「男」なのかというささやかな謎も含めて、最後に明かされる夫殺しの動機には戦慄してしまいました。こちらも一見するとフツーに見える事件へ狂気の論理を加えることで恐るべき構図へと変転する趣向が十二分に活かされた好編となっています。

いずれも狂気が黒い輝きを放つイヤミスで、そこに構図の反転や恐るべき動機など、現代本格読みであれば心を鷲づかみにされること請け合いの仕掛けを凝らした作品ばかりで、最高に愉しむことができました。A先生ミーツ連城とでもいうべきイヤミスゆえ、コージーなミステリでホンワカしたいんダイ、なんていうやわな読者にはあまりに強烈すぎる劇薬ゆえ、ここはオススメながら完全に取り扱い注意ということで。

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