第五回島田荘司推理小説賞入選作。物語は、謎の人物から招待状を受け取った男女が曰くアリの孤島に招かれ、バベルの塔と呼ばれる奇妙な建物の中で一人また一人と殺されていく、――というベタなコード型本格の様式を踏襲した一冊です。
語り手の先輩が件の招待状を受け取った人物の一人で、ワトソン役となる語り手と彼の友人である探偵がチャッカリ一緒になって島へと繰り出すという展開なのですが、件のバベルの塔にやってきた人物たちの繋がりはというと、かつてこの島で共同生活を送っていた新興宗教に関連しているらしい。そしてその宗教は教祖の不可解な死をきっかけに信徒たちは集団自殺をはかり全滅したらしい、――というところから、過去の宗教施設で何があったのかという謎に悪夢の情景を重ねて読者の興味を惹きつける一方、現在進行形の連続殺人においては、「怪しい建物が出てきたら、それは確実に○るでしょッ!」と周木律の堂シリーズからこっち、日本の本格ミステリ読みであれば当然予想するであろう通りに話が進んでいきます。ま、実際にその建物は予想通りに○るんですが、このあたりのベタな展開はご愛嬌(爆)。
本作でちょっと面白いのは、件の新興宗教の集団自殺事件の真相に、「共有知識」(common knowledge)という論理学の知見を取り入れていることで、数学にマッタク明るくない自分にはかなり??だったのですが、クレバーな日本の本格ミステリ読みの方であれば、これだけで論考が何本も書けるんじゃないかな、とも感じました。もっともボンクラな自分にとってはこの真相、数学云々をスッ飛ばして完全に”卓袱台返し”にしか思えないのですが、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を最上・極上の逸品とする台湾のミステリ読みがこのあたりの一般人にはやや受け入れがたい(しかし作者はガチ)難解な趣向をどう感じるか興味のあるところです。
とにかく建物の奇異性をフル活用して、これでもかこれでもかと思いついた物理トリックを大量投入した作品ながら、「俺だったら『斜め屋敷』のトリックはこんなふうに使う」「『冰鏡莊』のトリックはこんなふうに使う」と、本格ミステリ読みにとっては、それぞれのトリックの出自が明々白々であるところを微笑ましいと感じるか、それとも未熟と感じるかでまた評価が分かれるような気がします。
本賞の中では、ここまで物理トリックを大量投入した作品は前代未聞で、このやり過ぎ感は、小島正樹を彷彿とさせるものの、後半へと進むにつれ、この奇怪な構造の中心構造から離れて、「実は○るほかにこんな仕掛けがあったんだナ」と、隠されていた建物の秘密の構造を次々と明かしてトリックを乱れ打ちしていく有り様は、まさにコード型本格の極北の遙か先をいくもので、古典ミステリを溺愛するマニアにとってはまさに至高。物理トリックのハイパーインフレによって、物語が崩壊寸前で踏みとどまるさまは、日本の”大人な”ミステリ書きであればまずは躊躇してしまうのではという激しさゆえ、かなり読者を選ぶという作風ながら、大陸のミステリ作家がどんなものを目指しているのか、ということを知るためには格好の一冊ともいえるのではないでしょうか。
0 comments on “巴別塔之夢 / 青稞”