第五回島田荘司推理小説賞入選作。ちなみに受賞作は今月の二十三日に台北で開催される授賞式の場で発表される予定です。――というわけで、授賞式に先駆けて刊行された入選作三冊について、そろそろ感想をまとめていこうかと。まずは台湾の本作から。
あらすじは、「母親失格」の烙印を押した妊婦をたちを自殺に偽装して次々と殺害していく産婦人科医と、大学の物理学教授の男性二人が、ある女との出会いをきっかけに奈落へと落ちていく、――という話。二人を地獄へと導く女というのがわりとフツーっぽい女子大生で、教授はこの女とエッチを繰り返した挙げ句、彼女は妊娠。で、妊娠した彼女は「ワタシ、死にたいんです」と件の殺人鬼たる産婦人科医にカミングアウト。産婦人科医の男は「死にたいんだったらヘルプOKだよ」と話はトントン拍子に進み、約束の時間に産婦人科医が彼女の部屋を訪れてみると、なんとなんと、女は部屋の中ですでに屍体となっていて、――という話。
オーソドックスな本格ミステリであれば、ここから「いったい誰が彼女を殺したのか」というフーダニットで話が展開していくわけですが、その点、本作はかなり趣が異なります。連続殺人鬼で産婦人科医である彼自身が探偵となって、彼女を殺害した人物を探っていくのは期待通りながら、そのすぐ後で、作者は早々に彼女を殺した人物をその犯行シーンとともにアッサリと明かしてしまいます。
実は産婦人科医は、彼女を自殺に見せかけるため現場に偽装を施してその場を立ち去っているのですが、そのことを知った真犯人もまた探偵となって、産婦人科医の行方を追っていく、――「犯人」でありかつ「探偵」でもある二人の人物の視点から、物語が進んでいく展開が本作の大きな特徴でしょうか。やがて二人は邂逅し、そこから一緒に奈落へと堕ちていくという筋運びですが、彼女の殺害も、また犯行現場の偽装も、すべてが読者の前へと明らかにされているため、本格ミステリらしく謎が物語を牽引していく筈もなく、かといって倒叙もののように二人の犯行の陥穽をついて最後に何かが明かされるわけでもありません。また上にも述べた通り、フーダニットは早々に放擲してしまっているために、そこから生じるサスペンスは希薄ながら、後半のヒドすぎる展開こそが本作の真骨頂で、このやり場のない悲壮感は、極上のイヤミスとして愉しむこともまた可能。
一人の女との出会いが二人の男の人生を暗転させるという趣向ながら、男の一方が連続殺人鬼という強力な「ジョーカー」であるため、これほどの”逸材”を奈落へと突き落とした女とあれば、相当にキャラ立ちした人物であるべきじゃないノ、と個人的には感じるわけですが、二人の男性が邂逅して以後、彼女はまったく物語の本筋に絡むことなく、あくまで二人の男性が出遭うしまうきっかけに過ぎなかったという淡泊な構成は評価の分かれるところでしょう。読了直後はこのあたりに疑問符を感じたものの、しかし最近、台湾の美人作家が自殺し、そこから出版社の編集者をも巻き込んだトンデもない騒動へと発展したリアルを見るにつけ、本作に対する評価が変わりました。
「事実は小説よりも奇なり」というより、現実世界は小説のようにシッカリと「つくりこまれた」ものではなく、存外にアッサリと人は死に、それによってヒドい目に合う、――蛭子能収の漫画にも通じる不条理さと、「つくりこまれた」物語を忌避した”リアル”こそが本作の魅力ではないか、と――。また『藝文風』に掲載されていた作者自身のコメントにも、新聞などから物語の着想を得ているという話もありましたから、こうした淡泊さ、奇妙さも、現実世界を緻密にトレースしたリアリズムの表出と考えれば納得がいきます。
もちろん、こうした本作の評価は、「驚きを喚起する人工的装置」たる本賞が指向するな本格ミステリとは大きく異なる作風ながら、いったん本賞の視点から距離を置いてこの物語における事件の構図を俯瞰してみると、また違った風景が見えてくるような気がします。
また当たり前といえば当たり前なのですが、本作のように人間関係を交錯させ、事件の構図の妙だけで見せるような物語は本賞に少なく、その意味ではかなりの異色作といえるかもしれません。ちなみに入選作三冊の中ではもっとも読みやすく、淡々と進み、淡々と人が死んでいく展開にもかかわらず、相当に”引き込まれた”物語であったこともまた事実。「三冊全部読みたいんだけど、どれから先に読むのがオススメ?」と聞かれれば、本作をオススメしたいと思います。
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