前回の続きです。授賞式の後となれば、休憩をはさんで行われた御大と詹宏志、張國立両氏の鼎談についてレポートするべきなのですが、いかんせん時間が取れず、音声データの整理もままならぬため、そちらは後回しとし、「第五回島田荘司推理小説賞レポート@台湾(3)」で取り上げた陳浩基氏との話の中で取りこぼした内容について書き留めておこうと思います。
『網内人』の内容や感想などのほか、このときの話題に上ったのは、香港における出版事情についてでした。香港と言えば、元々の広東語にイギリス統治時代の英語という二つの言語のほか、最近では中国語と、複数の言語が入り乱れた場所という印象なのですが、――さて、書き言葉である本と出版事情についてはどうなっているのか。
まず距離的にも大陸に近いこともあって、主だった書物が中国語で書かれているのはもちろんなのですが、敢えて英語で書かれた本というのも少なからず存在し、そうした本だけを取り扱う書店もあるようです。もちろんまずもって香港で刊行される本自体も少ないため、そうした英語本はマイナーの中のマイナーということになってしまうわけですが、そうしたマーケットを意識して中国語ではなく英語で本を書く作家もいるとのこと。
そうした英語マーケットの人物から『13.67』の英語への翻訳もあったとのこと。詳細は省きますが、先方が中国への返還を”Celebration”としていたりといった”見解の相違”があったりして結局、その話は立ち消えとなり、今ある形での各国語翻訳という流れに落ち着いたという裏話はなかなかに興味深い。
香港はもとより、台湾でも繁体字の「データ」を簡体字の「データ」へと変換するのは容易な筈で、それゆえに大陸という巨大なマーケットを考えれば、繁体字で書かれた小説は、日本をはじめとする海外の小説よりも有利、――という印象だったのですが、敢えて大陸の市場よりも、英語によって世界に打って出ようという気概のある作家が存在するところは香港らしいなァ、と感じました。
第一回島田荘司推理小説賞で『冰鏡莊殺人事件』が入選し、その後、第三回に投じた内容を大幅に改稿して刊行された『無名之女』の作者である台湾の林斯諺氏のように、優れた英語力を活かして、自ら『雨夜莊謀殺案』を英語へと翻訳し、アメリカでの刊行へと繋げている作家も華文ミステリ界には存在します。しかし少数派でかつ選ばれた俊英に限られることもまた事実で、こうした英語本がごくごく少ないながらも一定の市場を形成しているというのは香港の特色といえるかもしれません。
では、そうした多様性を有した香港の出版市場は、日本や台湾に比較するとどうなのかというと、やはり日本や台湾に比較すると出版社も少なく、さらには”自由”も少ないという現状を鑑みて、作家や作家志望者たちが台湾を目指すと、――いうのも、また一つの流れといえるのでしょう。この点について、確か以前に陳浩基氏自身が語っていたインタビュー記事があった筈なので、近日中にサルベージして紹介したいと思います。
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