前回の続きです。既報の通り、第五回島田荘司推理小説賞受賞作は、香港の黑貓C『歐幾里得空間的殺人魔』でした。やや緊張した面持ちで会場の最前列に座っている入選者三人に挨拶する暇もなく、授賞式はまず中国語と日本語で会場の避難場所などの説明から始まりました。これ、前回はなかったような。
前回の司会はミステリ評論家の冬陽氏でしたが、今回は秀威出版の編集者であるHeero君。第一回だったか第二回だったかの島田荘司推理小説賞の授賞式で見たときは兵役帰りのいがぐり頭で、いかにも初々しい青年といった感じだったのが、しっかりとスーツを着こなし堂々と司会をこなしている彼の姿を目の当たりにするにつけ、時の経つのは早いなァと感じ入ってしまいました。十年近く台湾ミステリの成長を定点観測してきた自分としては感無量であります。
続いて詹宏志、張國立両氏に日本人一人を加えた二次選考委員三人から入選作の選考過程についての説明があった後、御大による入選作の講評へと続きました。ハッキリとは口にしていませんでしたが、やはり今回は不作という印象で、何より前回と比較して21世紀本格のような新たな創作技法を用いた作品が皆無だったことが、やはり今回の入選作の特色ということになるでしょうか。
二日前のインタビューでも御大が指摘していた通り、事件をモジュール化し、それらを数珠つなぎにして長編へと仕上げたような、従来の――ヴァン・ダインに代表されるコード型本格の技法で書かれたものが目立っていたと。
さて、そうした三作の中から受賞作として選ばれたのはどの作品なのか――と会場の人たちの期待を盛り上げつつ、続いて一次選考を通過した二人(『The Fake Full Moon』の游善鈞と『再見、安息島』の王稼駿は欠席)である『溯迴之魔女』の有馬二と『物候期』の馬洪湉の両氏にトロフィーが贈呈されました。
舞踏や手品など様々な趣向を凝らした式次第が展開される授賞式ですが、今回の映画もまた凝っていて、御大にクリソツ、……というか御大でしょッ!と会場にいる誰もがツッコミを入れたいほどに瓜二つの後ろ姿の人物が台湾の町を徘徊するというストーリー。彼が置き忘れた封筒を自転車に乗って金車のスタッフと思しき人物が、いま授賞式が行われているまさにこの場所へと届ける、――というところでフィルムは終わり、会場後方から件の自転車が現れる、――という趣向です。
そうして封筒が御大へと手渡され、開封されたそこには受賞作となる黑貓C『歐幾里得空間的殺人魔』の文字が記されています。
御大がそれを頭上に掲げて会場に一渡り指し示すと会場は拍手喝采。皆がステージの御大にカメラを向けている間、自分だけは入選者の三人にじっと狙いを定めていたことはいうまでもありません。
受賞作が発表されたまさにその瞬間。満面の笑みで祝福する弋蘭女史に対して、受賞者である黑貓C氏はというと、――完全なるポーカーフェイス(爆)。
会場の拍手に促されるように、ステージへと上がり受賞のことばを述べる黑貓C氏。
続いて青稞、弋蘭の両氏に一次選考を通過した有馬二、馬洪湉の二人も揃っての記念撮影。最後は御大を真ん中にしての撮影が行われて授賞式は終了です。
なお、今回は会場に『僕は漫画大王』『逆向誘拐』の訳者である稲村文吾氏の姿もあって、日本からの来賓の一人として紹介されていました。授賞式の前に「三作の中で一番面白かったのは?」という自分の質問に黑貓C『歐幾里得空間的殺人魔』を挙げた稲村氏。なかなか鋭い。
個人的にも三作のいずれかということであれば、やはり『歐幾里得空間的殺人魔』ということになるでしょうか。さらに『巴別塔之夢』についても少しだけ話をしたのですが、やはりこの物理トリックは無理があるという点で意見の一致を見るとともに、大陸でもここまでコード型本格に”忠実な”作品は今では少ないとのこと。大陸ミステリも確実に変化しているようです。
さて、このあとは二次選考委員である詹宏志、張國立両氏と御大との鼎談と続くのですが、きちんと録音できているかまだ確認もしていないので、この鼎談の内容については今しばらくお待ち下さい。次回は、前回取り上げた『13.67』の作者である陳浩基氏から聞いた香港の出版事情などについて簡単にまとめてみる予定です。乞うご期待。
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