傑作。「北浜の魔女」と呼ばれる投資家の女の少女期からバブルで大儲けをし、破綻していくまでをドラマチックに描く、――と、表向きはそんな感じであらすじとしてまとめることができる物語ながら、バブルの時代を知らない私がこのハルの「物語」を小説にしたためようと当時の関係者にインタビューする、という外枠にシッカリと仕掛けを凝らした構成がもう最高。
朝鮮特需からの高度経済成長、そしてバブル、さらには現在進行形のコロナ禍という三つの時間軸を設えて、ハルの少女期、大阪に出てきてからの成功物語、さらにはインタビューされる側が生きる今の時代の繋がりをハルという一人物を軸にして描き出す。複数の人物の証言を通して浮かび上がってくるハルの物語はエンタメ小説としても極上の面白さを提供してい、そしてその大きな「物語」の背後で深く静かに潜行していく企みが、ハルの人生の影に隠れていたある人物のドラマを浮上させる趣向が素晴らしい。
この企みは後半に傍点つきで語られているのですが、インタビューという形式を巧みに利用したこの仕掛けに(文字反転)、小泉喜美子の『弁護側の証人』を想起する読者もいるかと思うのですが、本作では、ここでようやく正体を表す私が、物語の冒頭から読者の前に堂々と姿を見せていた大胆さにはもう驚嘆の一言しかありません。
そしてその正体を表したこの人物が自分とハルとを較べて、幸福とは、と現在の自分を省りみて、その思いを現在進行形の「物語」へと収斂させていく外連もまた見事。さらにはこの仕掛けのほかに、ハルの身近で不審死を遂げた人物たちの真相開示とともに、もう一人の隠れていた人物の正体を明かしたねらいも見事に決まっているのみならず、うみうし様という怪異の真相までをアッサリと解き明かしてしまった力業にはもう脱帽。
これはまさにコロナ禍の渦中にある読者だからこそその真意をジックリ味わうことができる逸品といえるのではないでしょうか。まさに今読むべき一冊として強くオススメしたいと思います。