怪作にして大偏愛。そして惹句が凄い(爆)。「ジャンルも時代も超越し、人間と物語の根源に迫る圧巻の傑作群。今も謎めいた洋館で執筆し、時折ダンス夜会を開く作家の戦慄の短編がここに!」。収録作はほぼ既読ながら、どうしても手に入れることができなかった「鯨神」が読めるということでゲット。
収録作は、食通の語り手が場末のモツ焼き屋で出会った怪僧から奇妙な話を聞く「姫君を喰う話」、伝説の大鯨に命をかける男たちの闘いを熱量溢れる筆致で描いた大傑作「鯨神」、女を殉教させることが生き甲斐のゲス野郎の甘言に惑わされて踏み絵に挑む花魁の痛快な逆転劇「花魁小桜の足」。田舎町に流れてきた西洋祈りの母オンナが公開レイプされたあげく壮絶な終わりを遂げる「西洋祈りの女」、余命幾ばくもない変態男の過去語りがやがて監禁犯罪の告白に転ずる「ズロース挽歌」、ネクラ男の暗い人生に、巨女との3P変態プレイを織り交ぜつつ、生死と胎内回帰の悲哀を描いた傑作「リソペディオンの呪い」の全六編。
自分が宇能鴻一郎の変態万華鏡世界を知ったのは、実を言うと結構最近の話で、きっかけはふしぎ文学館シリーズの『べろべろの、母ちゃんは…』(2005年刊)。この本、千街氏のセレクトが素晴らしく、まず宇能ワールドの変態とはどんなモンか覗いて見たい、という方にはまずいの一番にリコメンドしたい一冊ながら、アマゾンでチラッと調べてみたところ当然絶版で、なんと中古品が8000円以上というベラボウな値段で売られている。そんななか、今回刊行された本作は、まさに変態文学を求めてやまない好事家には干天 の慈雨とでもいうべき逸品といえるのでしょう。
冒頭の「姫君を喰う話」は、食通と知られる作者を語り手として、場末のモツ焼き屋でひとしきり食に関するエロくてネットリとした蘊蓄が語られたあと、隣に座った怪僧のふしぎな語りへと移ると雰囲気は一変。やんごとなきお方に対する思慕が昂じて変態プレイを開陳したあと、タイトルにもある「喰う話」の壮絶なラストへとなだれていく構成が素晴らしすぎる一編。その物語は幻覚だったのか妄想だったのか、判然としないままに終わる幕引きも余韻を残す傑作でしょう。
そして今回初めて読んだ「鯨神」は、これまた噂に違わぬ大傑作でした。多数の死者を出した大鯨に挑むべく、男たちが海に駆り出し、壮絶な闘いが展開される。この縦軸に、宿業を背負った主人公のライバルとでもいうべき、流れ者(人を殺した過去アリ)との対決に加えて、さらに強い男に惹かれまた組み敷かれる女たちといった配役を横軸に、終盤の鯨神とのおそるべき闘いへと雪崩れ込んでいく。
しかし本作の優れているのは、ついに闘いを終えたあとからで、この余韻のなかで死に行く主人公の意識をじっくりと描いていくところでしょう。この幻視かあるいは今際の際の妄想なのか判然としない描写がタマらなく美しい。大長編に仕上げることも可能な物語を、ここまで圧縮したことによって生じる熱量は半端なく、収録作の中ではもっともアツい一編といえるのではないでしょうか。
「花魁小桜の足」は、殉死ノルマをこなすべく、死なせることに生き甲斐を見出したゲス野郎にほだされたひとりの花魁を描いた物語。踏み絵できなきゃ即処刑という厳しい掟に、花魁はどう対処するのか、その鮮やかな逆転劇が痛快至極。なんとなく――『べろべろ』に収録されていた物語では、ゲス野郎が最後に地団駄を踏んで悔しがるシーンがあったような気がするのですが、篠田節子の解説によると、本作に収録されたバージョンではさらなる修正がはかられているもよう。『べろべろ』バージョンを確認したいものの、本棚の奥の奥に埋もれていて取り出すことはかなわず、――ということで時間があれば照らし合わせてみたいところではあります。
「西洋祈りの女」は、田舎村に流れてきたコブつきの女がヒドい目に合う話。蛇や鰻のエピソードが多分に暗示的で、タイトルにもある西洋祈りの女が衆人環視でネチッこくいじられた挙げ句、本番姿までをさらすことになる展開は早見純を彷彿とさせる仕上がり。女のラストも含めて完全にダークなお話ながら、どこか飄々とした語り手の文体もあいまって、朗らかな読後感が面白い。
「ズロース挽歌」は、余命幾ばくもない男からの手紙で語られる変態嗜好と犯罪告白なのですが、令和のヤングはもとより、平成生まれの中年世代であっても見たことがないであろう、ダボダボのズロースにムラムラしてしまう男の変態語りがイカした一編。エロといえばボンテージをあげるまでもなく、ピチピチがお約束のはずが、ダボダボがいいとはこれいかに?と疑問符がつきまくりながら、「女学生」という言葉に格別の拘りがある語り手のプリンシプルが感じられるエピソードが満載。とくに生まれたままの姿で学校のくみ取り式トイレに忍び込み、“金泥”まみれとなった男の描写が強烈。この原体験が後に語り手をして監禁事件へと走らせてしまうわけですが、「女学生」がありふれた女へと転じていく刹那に感じる男の失望と渇望が、作者の語る後日談であっけらかんとした無常で終わるラストもまた痛快。
「リソペディオンの呪い」は、『べろべろ』でも強烈な印象を残した一編で、ジョージ秋山か、はたまた日野日出志かという、呪われた子の半生を描いた物語。鍾乳洞というモロ胎内回帰を想起させる舞台に、これまたちっぽけな人間と女神の対蹠を際だたせた、主人公と巨女のストリッパーの組み合わせが秀逸です。ここへ興行師にして巨女の恋人でもある男三人を交えてのドサ回りが奈落に転じて、主人公が黄泉に通じる鍾乳洞へと帰っていくラストシーンの美しさ――傑作でしょう。
最近は講談社のROMANBOOKSが続々と電子本で再刊されているので、まずは本作を入門編として、「こういうのを待ってたんだよッ!」という“選ばれし者”はさらなる秘儀の世界を求めて『魔楽』『逸楽』『痺楽』をはじめとするROMANBOOKSへと進んでいくのが𠮷、でしょう。超オススメ。